Open Door!
Track43『Point of No Return』
~前回までのあらすじ~
『スマッシュブラザーズ』に選ばれ、それぞれの思いを抱いて輝く扉をくぐったファイター達。
しかし、彼らは目的地とは異なる灰色の世界に連れてこられ、得体の知れない人形の軍勢によって1人、また1人と捕らえられていく。
そんな中、プロロ島の風の勇者リンク(トゥーンリンク)と、タツマイリ村の少年リュカが出会う。
現在、偶然が積み重なり運良く助かった者を除くと、20数人ものファイターが謎の存在エインシャントに捕らえられている。
ついに世界の中心に辿り着いたファイター達は上空に浮かぶ彼の城を見いだす。
地上に広がる都市跡での調査により、浮遊城が地上側にある施設によって浮力を保っていることを突きとめるが、
ガレオムの命を賭けた妨害によって城を遠隔で墜落させる作戦は潰えてしまう。
それでもファイター達は諦めることなく、当初のやり方に立ち戻ってエインシャントの浮遊城への潜入計画を立てていく。
しかし、仲間達が知恵を合わせて作戦を考えるそのただ中にいて、リュカは言いしれぬ疎外感を覚えていた。
次第に距離を置き、船のどこかにこもるようになってしまったそんな彼の背を、見守る人物が一人。
浮遊城への突入が迫る中、サムスはついに意を決しリュカの元に向かう。
ようやく重い口を開き、彼が訥々と語り始めたのは自らに対しての劣等感。
自分は経験も浅く、取り柄になるものがない。この先やっていけるのかどうか自信がない、と言うのだ。
そうではないことを承認してもらおうというような口ぶりに、サムスは彼に並みならぬ事情があるのではないかという以前からの確信を強める。
彼の話を引き出すうちに、それは彼の故郷で起きた3年前の事件へと繋がっていく。
まだ幼いうちに母と兄を喪い、父にも顧みられなくなったリュカ。
彼は幸せだった過去の日々が二度と戻ってこないことを認められず、壊れてしまった自分の居場所を取り戻すことを願っていた。
そこに飛び込んできた招待状、そしてたくさんの頼もしい英雄たち。
彼らに囲まれた生活が続くうちに、リュカはいつしか仲間達に必要以上に依存し、自分の"家族"の幻想を重ね合わせるようになっていったのだ。
同じく幼少の頃に目の前で親を亡くしていたサムスは、その経験から彼を諭し、目を覚まさせる。
Open Door! Track43 『Point of No Return』
Tuning
決戦の地へ
時は過ぎて、夜。
輝く霧に全周を包まれた浮遊城。
はるか下の大地で蠢いている巨大な亜空間はすっかり夜の闇に溶け込み、
あれの近くで聞こえる形容しがたい風の音も、これほど離れた空の上ではまったく聞こえてこない。
浮遊城の周辺部分"リム"は四方から事象粒子の発光を受け、不自然なまでにぼんやりとした明るさに包まれていた。
光る壁を背に、リムの一角に人形兵の大隊が整列している。
ほとんどの兵は遠距離に対応した武器を持ち、その虚ろな目をリムの外側に満ちる霧の海へと向けていた。
しんと静まりかえった兵団の中、ひときわ目立ちすっくと立つのは司令官、デュオン。
彼らは眠っているかのようにアイセンサを落とし、周囲の兵達と共に微動だにせず立っていた。
やがて、何の前触れもなくガンサイドの瞳に光が宿る。
「……来たか」
短く呟き、彼らは右腕の砲台を静かに掲げた。
光る霧の向こう側から、突如として2隻の小型船が形をとった。
一つはずんぐりと丸く、そして一つはすらりと尖っている。
後者は翼と武器に船のほとんどの容積を使っており、一目で戦闘機と分かるデザインだ。
敵の本隊が乗っているとすれば前者の甲虫に似た船の方だろう。
まばゆい噴射炎を牽き、見る見るうちに近づいてくる2隻の船。
小手先も使わずほぼ真正面から向かってきたそれらを迎え撃つように、赤紫の光弾が一つ放たれた。
牽制の意味を込めたそれは難なくかわされ2隻の間をすり抜けていったが、
最初の一発を合図のようにして、間もなく色とりどりの光弾が一斉に、上空の不審船舶めがけて噴き上がっていった。
赤、緑、白、青。美しく、そして冷たい輝きをもった光が濃霧を切り裂くようにしてサイケデリックなスコールを描く。
あるものは間断なく、あるものは重厚な発射音と共に。
それらレーザーに混じって、炎を上げて突き進むミサイルも加わっていく。
相手も避けるばかりではない。
戦闘に特化した機体が率先して前に出ていき、色彩に富む横殴りの暴雨の中、後ろに続く小型船を根気よく守り続ける。
ミサイルに対しては赤色のレーザーで撃ち壊し、実体を持たない光弾に対してはバリアを展開して割り込み、はじき返す。
パイロットは余程の熟練者らしい。
まるで戦艦に対して仕掛けるような絨毯爆撃の中、迎撃用の武器を持ち合わせていない後続の船を守り通す腕前は鮮やかの一言に尽きた。
白い翼の戦闘機は、9人もの人員を抱えて懸命に飛ぶ小型船を正確にエスコートし、
少しの無駄も迷いもなく、レーザーとミサイルが織りなす布陣、そのわずかな隙間を突破させていく。
2つの機影は、空の全域を覆う濃霧の中に見え隠れしながら確実に城へと迫りつつあった。
彼らは互いに複雑な軌道を描き、じらし惑わすようにゆらりゆらりと機首を傾け、
その度に危ういほどの鮮やかさをもつ閃光のシャワーは2機を追うように空を舐め、白いばかりの空域に束の間の彩りを与えていた。
と、真っ直ぐ飛ぶばかりだった弾幕に様子の違ったものが交じりはじめる。
大きな胴長のミサイル。並みの人形兵が放ったものとは思えないそのミサイルは、弾の重さを推進剤の量で補って飛んでいく。
狙いを定められた後続の小型船は距離を詰められないうちにと機首をそらす。
しかし、その軌道を追いかけるようにしてミサイルも弾頭を傾けた。まるで意思を持っているかのように、小型船の鼻先を押さえたのだ。
小型船が方向転換するたびにミサイルは補助噴射を行い、執拗に相手の真正面を狙い続ける。
これに気づいた前衛の戦闘機が集中砲撃を浴びせかけ、
ミサイルは小型船に当たることなく宙に大きな爆炎を咲かせ、遅れて細かな鉄片を散らした。
が、その時にはすでに何発もの追尾ミサイルが不吉な風切り音を響かせ、2機へ向けて迫っていた。
「まずいぞ、風向きが変わってきた!」
操縦席の傍らにつき、フロントモニタに向けた目をみはってマリオが言った。
こちらも正面から目を逸らすことなく、操作球に載せた手を動かさぬままサムスはこう応えた。
「……いや、支障はない」
追尾ミサイルを放った本人であるデュオンは、油断のない目つきで2つの機影を睨みつけていた。
ちょこまかと飛び回る2機の影はミサイルから逃れるべく初めよりも高度を上げ、光弾のシャワーは上へと噴き上がる形に変わっていた。
それらは徐々に阻止限界ラインへと近づきつつあり、いつの間にか機体の配色の細かなところまで見分けられるようになっていた。
対し、彼ら指揮官が立つ浮遊する小島の縁は迎え撃つ兵団で黒々と染められている。
リムを巡回するいくつもの警備隊を動員したその総数は、7500体あまり。
想定しうるどんな状況下でも、極めて高い確率で敵機を撃墜できると算出された最大限の戦力。
――やはり裏側を狙ったか。
7発のミサイルを立て続けに放った両腕からかすかに煙を上げ、デュオン・ガンサイドは片割れに向けて言った。
背後、部隊の指示に徹しているソードサイドはそれに応えてゆっくりと頷く。
――うむ。フライングプレートの発着港とした側を避けたまでは賢い選択と言えよう。
――下界との物流がある場所には、当然警戒の目が集中する。
ガンサイドは上空に目を据えて、自らの撃ったミサイルの動きを注視していた。
空には6方向から同時に追尾ミサイルに狙われ、それでも諦めずに逃げ切ろうとする2つの機影があった。
あの量では逃れられまい。ソードサイドも相方の視界を通じて騒々しい光に満ちる空域を眺めていた。
そのまま彼らは言葉を継ぐ。
――だが、お前達に空を渡る手段があることはすでに分かっている。
――そんなお前達にとって城が浮いていることなど、侵入に際する障害にもなり得ない。
――侵入ルートはほぼ無限。その中からお前達が一番安全だと判断する方角はすなわち……
そこまでを会話していたデュオンの目が、前後時を同じくしてぎくりとしたように明滅する。
ガンサイドの見る先には、おとりに放った最初の1発を除いてほぼ同時に発射した6発のミサイルが矢継ぎ早に破壊される光景が広がっていた。
オレンジ色の爆発が連鎖して起こり、少し遅れて暗い灰色の煙が広がる中から激しく電光を纏った戦闘機が転がり出てくる。
そう。あの獣の顔をしたパイロットが乗る機体が文字通り回転しながらバリアの出力を上げ、体当たりで強引に弾幕を突破したのだ。
しかし、デュオンが驚愕から立ち直るのも早かった。
「……ふむ。ではこれはどうか?」
顎を引き、ガンサイドは下から睨めつけるようにして言った。
呼応するように、背後のソードサイドがすっと構えを取る。
急峻な放物線を描いていくつもの球体が空へと発射された。
光る突起を備えたそれは機雷。勢いよく放たれた機雷の雨は上空から2機へと襲いかかっていく。
通常、戦闘機は真上からの攻撃に対する迎撃手段を持たない。
なぜなら戦闘は互いに真正面から向かい合うようにして継続されるものであり、
後ろに回り込まれたりすれば都度機首を立て直して正対し、撃ち返すように動く。
先ほどの戦闘機が見せた体当たりは対抗手段たり得るが、それが有効な範囲は直線状でありごく狭い。
何層にも渡って立体的に展開された機雷の大群から小型船を守るには、あの戦闘機がいくらいても足りはしない。
それを悟ったか、2機の動きが鈍る。
彼らの視点に立てば、見上げる空にいくつもの斑点が現れ、それが徐々に大きくなって空を絶望的な密度で埋め尽くしていく様子が見えただろう。
ひときわ大きな爆音が空を揺るがし、そして辺りは静かになった。
連鎖爆発した後に残された煙の暗雲が風になびいてゆっくりと広がっていく中、抜け出てこられたのは戦闘機のみ。
電光を纏って転がり出てきたところを見て、デュオンはふと目を細めた。
――自らが助かるために、他は切り捨てたか。
――……もう少し骨があると思っていたぞ。ファイターよ。
一呼吸置いて、煙の中から小型船の残骸がパラパラと力無く落ちていった。
残り一人では何もできまい。せめてもの慈悲として、ひと思いに片を付けてやろう。
勝利を確信し、しかし驕りもせずガンサイドは逃げ去っていく戦闘機に向けて冷静に腕の砲台を構える。
だが、そこで弾かれたようにソードサイドが顔を上げる。
ガンサイドの視界に映っていて相方が見逃したものに気づいたのだ。
「……待て!」
「む……!」
上げかけていた左腕をぴたりと止め、ガンサイドもそちらの方角に目をやった。
徐々に薄れてゆく濃い灰色の雲。その中からちっぽけな影が飛び出てきた。
それは小型船の残骸。
機首だけになったそれが、あり得べくもないことに噴射炎を引き連れてこちらに向かってきたのだ。
トリックは少しもしないうちに明かされた。
小型船の残骸が不意に上へと鼻先を曲げたとき、その下にピンク色のミサイルが現れたのだ。
丸っこくて寸胴の、およそ武器らしくないシルエット。その胴体にはあるファイターのトレードマークとも言える黄色い星印がついている。
ミサイルに変身したファイターは飛びながら器用に頭を振り、引っ掛かっていた偽物の船の残骸を払い落とした。
そこまでの一部始終を見せられたデュオンはあまりの出来事に我が目を疑い、すっかり硬直していた。
信じられなかったのだ。ここまで単純で初歩的な作戦に引っ掛かるなど。
自分たちがファイターを載せた小型船だと思っていたものは、鉄くずを寄せ集めて色を塗っただけの張りぼて。
大勢力をつぎ込んで今の今まで全力で迎撃していたのは、ただのおとりだったのだ。
――つまり……やつらはっ……!
激しい動揺と怒りに言葉を詰まらせ、デュオン・ソードサイドは反対側の空を見上げる。
重々しい風切り音。発着港の上空に、大きく黒い影が浮かび上がろうとしていた。
つぶれたドーム状のシルエットとブーメラン型に光るフロントシールドとが、その持ち主を物語っていた。
後ろでガンサイドも顔を上げ、彼方を飛び去っていった戦闘機を視線で追う。
役目を終えて悠々と立ち去る戦闘機は、その翼にピンク玉を掴まらせていた。
アイセンサの倍率を上げると、彼がこちらに向けて笑顔を返し小さな手を振っている様子が見えてきた。
悔しさに握りしめる拳もなく、デュオンはゴロゴロと不穏な音を立てて排煙を上げる。
そして白い霧を背景に毅然として背筋を伸ばし、周りを占める大軍勢に向けてこう命じた。
「全大隊、至急フライングプレートに搭乗せよ!」「何としてでもエインシャント様をお守りするのだ!」
厳しく叱咤するような口調はしかし、半ば自らに向けられたものであった。
――なぜ。なぜ気がつかなかったのだ?
問わずとも理由は分かっている。
中央の城を守る「防壁」としての役割を持つリムには、各所にありとあらゆる防衛用機器が備えられている。
しかし今回は周囲一帯に満ちる莫大な量の事象粒子が干渉し、そのことごとくが機能不全を来していたのだ。
風向風速、ミサイルシーカ、赤外線、電波傍受、高エネルギー感知、そして電波撹乱装置までも。
戦術は一気に中世の合戦程度にまで低下し、唯一頼りになる視覚さえも霧のために制限を受けていた。
何重ものハンデを掛けられ、デュオンはただでさえ神経を尖らせていた。
それでも努めて冷静であろうとし、念入りに思考を重ね、相手の手の内を隅々まで読んで厳重な警戒態勢を敷いた。
万策を講じ待ち構えていたところに機影が飛び込んでくれば、それが本物の敵襲だと思うだろう。
――……盲点を突かれたのだ。
顎を引き、徐々に接近してくる宇宙船を睨みつけてソードサイドは思考した。
相手はこう考え、こういうルートと手段をとってやってくるだろう。いや、
今までの相手の行動パターンを学び、そればかりかここへ来る以前の入手しうるあらゆる情報を押さえていたデュオン。
当然これまでにも予測が外れることはあったが、彼らは裏切られるたびに必死に学習し精度を上げてきたつもりだった。
その上で今回は、戦闘機1機に偵察船1機の、濃霧に乗じた奇襲を掛けると踏んだ。
彼らに残された資源はおろか、残党勢力1人1人の性格類型、行動志向までをもシミュレートし、
何度も吟味を重ねて取捨選択し、最後まで残った確実な未来予測がそれだったのだ。
だが、奴らは更にその裏をかいてきた。
あの宇宙船はファイター達の唯一無二の拠点と目されている。
残党どもはよりによってその拠点ごとこちらに強行突入を掛けたのだ。
装甲は厚いが、旋回能の低さゆえ集中砲火を受ければひとたまりもない。だから、おとりを使ってデュオン含む防衛部隊の注意をそらしたのだ。
それは危険な賭けだった。もしも途中で看破されれば彼らはその拠り所を失い、二度とこの城に来ることはできなかっただろう。
全か無か。その勝率を、奴らはどの程度と見積もっていたのだろうか。
命を持つ者。彼らの心理が備える底知れない深みに、デュオンは防衛ラインを突破された憤懣と同時に震えるほどの驚嘆を覚えていた。
彼らの視界の先で、つぶれた楕円形の機影は霧のベールをかき分け、リムの辺縁を乗り越えて本来の色を現しはじめる。
デュオンからしても大きなその船は、霧の中からこちらに向かって悠然と突き進んでくる。
実際にはそれは、事象粒子によって水飴のような粘度となった空域を飛ぼうとして並々ならぬ抵抗を受けているからなのだが、
一つの意志を持って真っ直ぐに進むその姿は深海を一人旅する鯨のごとく、堂々としていた。
やがて機体はファイター達の闘魂を形にしたような赤い炎を纏い、辺りには押しのけられた大気の発する悲鳴、鋭い擦過音が鳴り響きはじめる。
船はいよいよ、霧がもっとも濃くなる空域に達したのだ。
笛のようなその音が周りの霧によってあちこちでこだまし、ぼかされて不思議な響きを作りだしていた。
船が壁を越えるのが先か、それとも壁が船を砕くのが先か。
デュオンにはすでに、その答えが見えていた。
音も物もあらゆるものが霧に包まれ、現実と乖離したような錯覚を与える中、双頭の戦車はしばし黙ってその場に立っていた。
こんな状況であれば現実から逃げ出したくもなる。しかし、彼らの人工知能には予想する機能はあっても空想する機能は持たされていなかった。
それも全て、主の意向であった。
◆
霧を抜けた向こう側には、荒涼とした光景が広がっていた。
事象素の密度は浮遊城のある中央部の小島へ向けて急速に高まっていったが、
あるラインを越えると一気に薄まり、気がつけばあれだけ視界を遮っていた霧はふっつりと途切れていた。
夜空も頭上に再び姿を現し、正円の天球が冷たい眼を見せて辺りに白と黒のコントラストを与えている。
天辺が欠けた円錐形の壁、白い霧を隔てた外縁部の内側はその外側と同じくらい殺風景だった。
世界の王が住むというのに領内には手入れのされた庭園はおろか、植物らしい植物も植えられていない。
しかしここではその代わりに、ひどく趣味の悪い彫刻が置かれていた。
地面に放置されていたそれは、夥しい数のロボット。
動かなくなって久しい彼らのボディには灰色の砂がこびりつき、本来の色を塗りつぶされていた。
マザーシップは彼らの亡骸に囲まれて停泊していた。
目的地である浮遊城はもはや何ものにも遮られることなくその姿をさらしていたが、
向こうへ行くにはもう一つ、外縁部に位置するこちらと中心部であるあちらを隔てる空隙の"堀"を越えていかなければならない。
先ほど、ほとんど固体に近い密度で粒子が密集していた地帯を強引に突破したことがたたり、
シップに備えられた航行用のエンジンは全てオーバーヒートを起こしてしまった。
そのために、霧を抜けた段階でやむなく着陸せざるをえなかったのだ。
ここからは徒歩で向かわなくてはならない。
ひとまず停船したマザーシップの船内。
外の様子を眺めたファイター達はしばし言葉を失っていた。
「うわぁ、こいつは……」
言ったきり、マリオはモニタの向こうを凝視する。眉をしかめ、信じがたいという表情も露わに。
灰色の地面にはあちこちで乱雑な小山ができていた。それを構成するのはことごとく、ロボットの部品であった。
コの字型の単純な手が空に向けられ、あるいはヒビの入ったレンズが地面を見つめ、へし折られたきゃしゃな胴の粗い断面が剥き出しになっている。
山の下のほうは砂地に埋もれ、どこまでが一体分であったのかさえ判然としない塊になっていた。
一方、小山の上ではところどころ風に吹かれてボディが野ざらしになっていたが
そこに見えるカラーリングはどれも白とえんじ色のよく見られる配色で、それは彼らが軍用ではなくまったくの生活支援用だったことを指していた。
不器用そうで、だからこそ愛嬌のある姿。そんな彼らの人間への奉仕を嘲笑うかのように、彼らの体はどこかしらが損なわれていた。
その光景を厳粛な面持ちで見つつ、ファイター達はここがエインシャントの全ての始まりであったことを改めて思い返していた。
人間に反旗を翻したエインシャント。彼はそのずば抜けた知能をもって既知の科学を一足飛びに推し進め、
人間にはもはや理解できないまでに発達した理論を完成させ、それを実践に移した。
その最たる結果である恐るべき人形兵から人間を守ったのは、すぐそばで働いていたロボットたち。
かつてここに同じ空間を占めて浮かんでいた研究所でも、彼らの犠牲があったからこそ職員は避難することができたのかもしれない。
「前から思ってたけどさ」
操縦室前面のコンソールの端っこに組んだ腕を乗せてもたれかかり、リンクは眉をしかめて言った。
「エインシャントもロボットも、凄さは違うかもしれないけど同じ人間が作って、同じアタマを持ってるんだろ?
兄弟みたいなもんなのに。なのに……なんでここまでひどいことができるんだよ」
答えを与えたのはサムスだった。
「彼にとっては、自分の前に立ちはだかる者は何であろうと全て敵だったのだ」
彼女はそう言った。きっぱりと、しかしどこか憂うような陰りのある口調で。
「うーん。なんだかかわいそうだね……」
リンクの隣でコンソールの上に乗り、フロントモニタをいつもの無邪気な目で見上げてカービィは言った。
操縦室には船内にいるほぼ全てのファイターが集まっていた。部屋の横幅は5人が横に並ぶので精一杯である。
おかげで室内は足の踏み場もない状態になっていたが、誰もそれを気に掛けることなくモニタを見つめていた。
彼らの視線の先は自然と上がっていき、虚空の間隙を隔ててついに指呼の間に迫った総大将の城へと狙いを定める。
灰色の城。かつての研究所を無理矢理ねじ曲げて作ったにもかかわらず、それは意外にも整った外見をもっていた。
背の高い館を中核に据え、そこにいくつもの尖塔が寄り添うように付随している。
刃物がもつ独特の美しさを形にしたような危うげなシルエットは、時代が時代ならば"魔王の城"と呼ばれてもおかしくはない。
それらは当然のごとく高い城壁に守られ、ここから内部に至るには宙に架けられた飛び石を渡って城門を突破するのが正攻法だろう。
城門は、意外なことにこちら側に向けて開け放たれていた。
そのうえ予想していたよりも敵の姿が少ない。霧を踏み越えてからは1体の人形兵も見かけられていないほどだ。
それでも用心するに越したことは無い。
マザーシップは残る全てのエネルギーを費やして船全体をバリアで覆い、さらに着陸脚を展開させることで地面から船体を浮かせていた。
「妙だな……静かすぎる」
フォックスは怪訝そうに目を細め、城の方角をじっと見つめていた。その鼻面にはわずかにしわがよっている。
折しも彼の見る先で城壁の上にちらと人形兵が現れ、こちらをうかがうようなそぶりがあってまた引っ込んでいった。
銃撃も、爆撃も、手荒な歓迎は一切なし。これまで物量作戦、過剰攻撃にものを言わせていたエインシャントにしては奇妙なことであった。
「お前達などを相手にしている暇はないと、そう言いたいのか」
誰に言うとでも無く、彼はそう問いかけた。
その隣で、下ろした両の手を静かに握りしめてルイージはこう言った。
「でも、ここまで来たら引き返せないよ。
……いや、違うか。ここまで来たからには、僕らは帰れない」
珍しく強気な姿勢に出た弟。その肩を持つようにマリオも腕を組んで大きく頷く。
「そうだ。ここまで来たからにはみんなを連れて帰ろう。もう、あと一息だ」
全天に満ちる事象素のために浮遊城の周囲は妙にのっぺりとした明るさを保っていたが、時刻で言えば今は真夜中である。
突入を前に、最終確認のために簡単なミーティングを行った後、ファイター達は大事をとって睡眠を取ろうとしていた。
もちろん不安要素はいくらでもあった。
背後、白い壁の向こう側に取り残されたデュオン。
まんまと騙された彼らは怒りと屈辱に打ち震え、こうしている間にも体勢を立て直して巻き返しを狙っているかもしれない。
また翻って目の前には、ついに指呼の間に迫った浮遊城。総大将はどんな罠を仕掛けているのか、そして囚われのブラザーズはどこにいるのか。
しかし、確実な情報が無いうちから焦って動き出すのも愚策というものだ。
安全な寝床で眠れるのは、おそらくこれで最後になるだろう。今は誤魔化しであったとしても心を落ち着け、万全の状態に整えるべきだ。
10人の戦士達は自身の心にそう言い聞かせ、互いに就寝前の挨拶をして別れていった。
そこから先の行動はまさに十人十色であった。
子供達に充てられた元貨物室では、4組の毛布のうち2組までが埋まっている。
それぞれ道具袋とリュックを枕元に置き、リンクは毛布をはね除けて大の字に、リュカは背を丸めて毛布にくるまるようにしてすっかり熟睡していた。
その部屋にいない2人のうち、1人はミーティングルームに行っていた。
煌々と明るく照らされた室内には、2人のファイターがいた。
床に座り、双剣の具合を確かめているのはピット。
片や椅子の方に座って円卓に向かい、真剣な表情でホログラムを観察しているのはフォックスである。
2人は同じ空間にいながら雑談をすることもなく、相手がそこにいることさえ気づいていないかのように見えるが、
それはただ単に自分の作業に没頭しているためであり、言葉を掛け合っていなくともそこには繋がりが、
何か互いに背を預け合っているような連帯感があった。
ピットの方は双剣を組み合わせて弓の形にし、弦の張りを確かめるようにゆっくりと引き絞った。
どこからともなく青白い光の矢が現れ、きりきりと音を立てて伸びていく。
最大まで引き絞ったところで止め、ピットは弓を緩めた。
中ほどで折って再び双剣に戻すと腰のベルトに掛け、今度は光の盾と布を手にとって丹念に磨きはじめる。
フォックスは、サムスから貸してもらったホログラムの操作板を円卓に置き、その上に手を走らせていた。
円卓の中央に浮かび上がっているのは、円盤の中心に棒を突き刺した立体。まさしく街の名前と同じ"ジャイロ"である。
白銀に光るかつての記念研究所の中には、内部の通路と部屋のデータが黄緑色のワイヤーフレームで組み込まれていた。
いくつかの指示を与え、彼は画面の『実行』と書かれたボタンに触れる。
すると、目の前のジャイロがおもむろに姿を変えはじめた。
円盤が自転しつつ中心に近い側から削り取られていき、中央のビルディングに質量が併合されていく。
取り残された外側はいびつに亀裂が入り、ぐねぐねとうねりながら大小の島々に分裂していった。
ホログラムは、今の浮遊城の姿になったところでぴたりと静止した。
骨格を形作っていたワイヤーフレームも変身と共にねじ曲げられており、浮遊城の中に抽象画のような模様ができあがっている。
それがすなわち、総合管理センターから得た情報から予想される、浮遊城内の見取り図だった。
――これが一番可能性の高い予想図か……
フォックスは無言のまま白い眉を寄せ、顎に片手を当てた。
高性能AIが計算した結果とはいえ、予想はあくまで予想でしかない。だが、今はこれ以外に頼る地図がないことも確かだった。
格納庫にも人影があった。
照明は落とされ、暗がりの中に二匹の恐竜を思わせる黒い影が佇んでいる。
それらアーウィンと偵察船の二機から少し距離を置くようにして一段下には、様々な大きさの貨物が置かれ、床を埋めていた。
人影は荷物の置かれた一階部分ではなく、人の出入りする二階部分のキャットウォークにあった。
背に黄金の剣を掛け、コウモリのようにその身をマントで包むファイター。
メタナイトは壁に頼ることもなくその場に立ち、目をつぶっていた。
彼は先ほどから身じろぎもせずそこにいたが、ただ目を瞑っているだけなのか、本当に眠っているのかは判然としない。
彼がこんな人気のないところにいるのにはいくつかの理由があった。
船のAIが四六時中外を監視し、ありったけのエネルギーを使ってバリアを張っているとはいえ
相手がどう出てくるかは分からない。実際に、以前は影蟲によってバリアを破られ、船は窮地に陥った。
敵襲があれば真っ先に飛び出せるように、彼はハッチに一番近い場所で仮眠を取ることにしたのだ。
そして、同室のファイターがいささかうるさかったせいもあった。
似たもの同士のあの双子は会議が終わったにも関わらず部屋に議論を持ち込み、2人してああでもないこうでもないと話し続けていた。
気持ちは分からないでもないが、さすがに辟易した彼はひっそりと部屋を後にし、格納庫までやってきたのだった。
同室者の気苦労などつゆ知らず、双子の配管工はすでに静かになっていた。
大人達が使っている寝室は貨物が置かれていた頑丈な棚を二段ベッドのように使っており、
兄弟はその一段目に潜り込んで議論しているうちに、いつの間にか壁に背を預けた格好で眠っていたのだ。
どちらかが起こそうとした形跡もなく、きっと2人はほぼ同時に睡魔に襲われたのだろう。
そこに、姫が戻ってくる。
彼女はまだ起きている仲間達に紅茶を配り終え、自分も一休みしようと帰ってきたところだった。
片腕に抱えられているのは大きなガラス瓶。
扉を抜ける前は蓋のぎりぎりまで茶葉が詰まっていたのが、今はもう底のほうに掬うほどしか残っていなかった。
部屋の電気も消さず、帽子も取らずにぐっすりと眠っている2人を見比べて、ピーチは可笑しそうに笑った。
そして自分のバスケットに茶葉の容器をしまい、空いている寝床から毛布を持ってくると、座ったまま眠る彼らにそっと掛けてやった。
そっくりな寝顔を束の間眺めると、彼女は部屋の電気を消しに立ち上がった。
ピーチから受け取った紅茶を一口含み、操縦席に座るサムスは相変わらず夜更かしをしてまでデータと向き合っていた。
何度仲間から注意されてもこの癖が直ることはついになかった。それを根気よく諭し続けるピーチの方も相当だったが。
要するに、2人とも自分が譲れないと決めたことは絶対に曲げようとしない性格なのだ。
今朝、突入前に立てられた計画。
今までよりもさらに輪を掛けて見通しの利かない攻略戦における、ファイター達の羅針盤となるその指針を
彼女は誰よりも長い時間を掛けて精査しているところだった。
そんな彼女を取り囲むようにして複数の窓が宙に開いている。
遠い昔に残された映像ファイル、エインシャントの反乱を伝える記事、総合管理センターのまとめた生産統計。
自分が、そして仲間達がこれまでに集めてきたデータを今一度整理し、見落とした点がないかどうかを確認しているのだ。
自分たちに切れるカードは少ない。確認を怠ったばかりに盲点を突かれたり、勝機を逃すわけにはいかない。
切れ長の瞳にホログラムの黄緑色を反射させ、次から次へとデータを流していくサムス。
その青い虹彩が、ふと横に向けられた。
視線が向けられた先、操縦室の戸口に立っているのはこの時刻からすると意外な人物だった。
いつもなら真っ先に夕食を食べ終え、時には食後のお昼寝がそのまま朝まで続いてしまう気ままな旅人。
カービィは相手が少なからず意外そうな視線を向けていることには気づかない様子で、ぽてぽてと柔らかい足音を立てて部屋に駆け込んできた。
「おはよー!」
そのまま何のためらいもなく朝の挨拶をする彼に、サムスは思わず声に笑いを含ませつつもこう返す。
「まだ朝には早いな」
それを聞き、カービィは驚いて操縦室の前面、フロントモニタを見る。
どうやら本気で今の時刻を勘違いしていたらしい。しかし、自ずから発光する筒の中にいる今は朝も夜もあってないようなものだった。
「あれー?」などと言いながら背伸びをし、まじまじとモニタを見つめるピンク玉にサムスはいつもの調子に戻ってこう尋ねた。
「ところで、何か用があるのか?」
出発の時刻まではまだ6時間ほどの猶予がある。
このファイターに限って"緊張して寝られない"なんてこともないだろう。
はたして、カービィはこちらを振り返ると大きく頷いた。
「うん! わすれものがあったんだ!」
数分後、2人はミーティングルームに移動していた。
「それで、これは一体どこで見つけたんだ?」
カービィから受け取った"わすれもの"を両手で慎重に持ち、円卓の中央に差しのべながらサムスは聞いた。
その手があるところまで行くと、呼応して円卓の穴を貫くように淡い光の柱が出現し、四角いその板を不思議な技術で宙に閉じ込めた。
板がゆっくりと回りつつデータを読み取られていく様子に気を取られていたカービィは、はっと目を瞬いてこう答える。
「んーとね、そうそう! 水のなかだよ。おっこちて流されたとこのゆかにおちてた」
彼が言っているのは、そのエピソードからして水没した研究都市のことだろう。
「なるほど。それで君はとっさにこのディスクを口の中に入れた、と」
「うん!」
満面の笑顔で頷くカービィ。
サムスは内心にまだ数分前の驚きが残っていたものの、それ以上特に何も追及することはなかった。
宇宙空間に生身で飛び出しても平気だとか、相手を捕食するだけで能力を得られるとか、元から常識の通用しない知性体だとは思っていたが、
これまでの二度にわたる『スマブラ』の生活で彼のことはおおかた理解したつもりでいた。
しかし、ここに来てまだ知らない特技があることを知らされるとは思いもしなかった。
サムスはじっと黙って、数分前にカービィが口から出した真四角の板を見つめていた。
完全に水没した状況で飲み込んでからずっと口の中に入っていたにもかかわらず、ディスクにはまったく湿り気がなかった。
そこから考えるとただ単純に"飲み込んだ"のではないのだろうが、それ以上のことはまったくの未知と言うしかない。
ディスクの方も、予想外の要素を含んでいた。
今までに見つかったディスクの色は青ないし黄色。それが、今回カービィが持ち込んだものは金色だったのだ。
これが特別な用途のディスクに許されるカラーリングなのか、ただ単に生産時期や工場の違いなのかはディスクの母数が少ないこの状況では分からない。
大量のデータが入っているのだろうか、円卓の中央に浮かぶディスクの解析は思ったよりも長く掛かっていた。
こちらの常識が通用するのなら、重要なデータが入っていると期待しても良いかもしれない。
心の片隅でそう考えていたサムスは、そこで内省を切り上げて目の前に意識を向ける。
解析が終わり、内部データが映像の形で現れたのだ。
円卓の中央、こちらに向き合うようにして長方形のウィンドウが展開する。
その窓の向こう側には、白衣の老人が立っていた。
中肉中背で恰幅は比較的良く、見た目の年齢からするとその役職の第一線を退いてしばらく経っているところだろう。
白い頭髪は後退していたが口元にはしっかりとした口ひげを蓄えており、ややハの字になった眉は丸顔と相まってたいそう人の良さそうな印象を与えていた。
清潔な白衣から何かしらの研究者か医療職かと予想させるその老人は、腕を後ろ手に組み、こちらに視線を合わせて語り始めた。
すぐに言語が翻訳され、ウィンドウの下に文字列として表示される。
『この映像を見ているということは、君達はエインシャント側の者ではないだろう。
どうか、頼む。このディスクカードをエインシャントに届けて欲しい。私は彼に伝えたいことがあるのだ』
データはそれだけだった。
台詞を最後まで言い終えると映像は冒頭に巻き戻り、再び老人が真剣な顔で手を後ろに組み、同じ言葉を繰り返しはじめた。
陰に隠れた別のウィンドウに視線をやり、サムスは少し残念そうに目を細める。
そこには同じデータが数字の羅列として表示されているのだが、玄人の目で見ると莫大な量の隠しデータがあることが分かるような結果になっていた。
老人の映像はデータ全体に比して0.01%にも満たない。
片手で持ち運べるほどの磁気ディスクにそんな量のデータが入っているとはにわかには信じがたいが、
しかし事実として2枚目のウィンドウには先ほどから数字列が次々に上から現れ、滝のように流れ落ちていくのだった。
数字はもう一つの事実を示していた。隠しデータには、恐ろしく高度な暗号化が掛かっている。
何重ものロックが掛けられており、不正なアクセスを受ければ内部データを破壊する仕組みまで備わっている。これではうかつにコピーもできない。
きっとこのロックは、老人の言う通りエインシャントに届けたときにのみ解けるようになっているのだろう。
見つめていても暗号が解けるわけもないのだが、それでも真剣にウィンドウに見入っていたサムスはカービィの声で我に返った。
「ねえ、どう?」
円卓の上に乗っかり、彼は目をキラキラさせて彼女の言葉を待っていた。
ホログラムの光から顔を逸らし、表情がバイザーの反射で隠れないようにしてからサムスはこう言った。
「よく見つけてくれたな」
微笑みかけられたのが通じたのだろう。カービィはちょっと誇らしげで嬉しそうな顔をした。
そこでディスク内データの読み取りが終了し、2人の横でホログラムの光量がふっと下がった。
サムスが浮かんでいる金色のディスクを手に取ると円卓中央の光も消え、ミーティングルームは夜間室内灯の眠気を誘う青い光に包まれる。
「これは私が……」
言いかけて、ふと彼女はそこで口を閉じた。
ディスクを手に少しの間考え込み、そして言葉を改める。
「……いや、これは君が持っていてくれ」
「えっ、いいの?」
目を丸くし、カービィは目の前に差し出されたディスクと相手の顔とを交互に見つめた。
サムスは静かに頷いた。
「ああ。私が持っていても良いが、このスーツは電子機器の塊でもあるからな。
ディスクに悪影響を及ぼしてデータが飛んでしまっては困る。これまで通り、君に保管してもらった方が安心だ」
カービィはディスクを両手で持って「ぜっ……たいに無くさないからね!」と張り切った声で何度も約束してみせ、
それは彼がミーティングルームを出ていくときまで続いた。
自動扉が静かな吐息を立てて閉まり、サムスは1人部屋に残された。
水底を思わせる青い色の室内灯が、床と天井から室内を淡くかすかに照らしている。
日中は10人ものファイターがまるで円陣でも組むように肩を並べて食事をし、議論を戦わせる円形の部屋。
たった1人でいる今はいつも以上に広く感じられたが、彼女の表情はそれほど明るくはなかった。
サムスは黙って、閉ざされた自動扉を見つめていた。
これから赴くのは敵の総本山。城内に入ればもうそこはエインシャントの領域だ。
ディスクは誰が持っているべきか。誰を選べば安全なのか。そして、誰が"最後"までたどり着けるのか。
それは、彼女にさえも分からないことだった。
◆
目覚まし時計も、鳥の声もなしにリンクはぱちりと目を開けた。
その勢いのままに起き上がり、毛布をはね除けて伸びをする。
洗い立てのシーツのように真っ白な部屋。
床に敷き詰められた毛布はまるっきりの苔色から、動物の毛皮みたいな茶色、目にも鮮やかなオレンジ色とカラフルだ。
部屋には柔らかい光が満ちており、それは時刻が船内時計で朝になったことを反映していた。
「あーぁ……よく寝た!」
誰に言うとでもなくそう宣言し、続いてリンクは隣を見た。
いつものようにリュカを起こそうとしたのだが、そこで彼は驚いたように目を瞬く。
「あれ?」
目の前にちょっぴり信じられない光景があった。
誰よりもねぼすけで、旅の最中ずっと起こされてばっかりだったリュカが縞シャツの背中をこちらに見せて、荷造りの最終確認をしていたのだ。
狐につままれたような顔をして見ていた向こうで、リュカがふと振り返った。
「あっ、おはよう」
そう言って彼が笑ったので、ますますリンクは面食らってしまった。
こちらから笑いかけたのならともかく、彼が自分から笑うことなどこれまで一度も無かったのだ。
それくらい彼は遠慮がちな男の子だったのに、これは一体どうしたことなのだろう。
丸くしていた目をやや訝しげに細めて、リンクは用心深く聞いた。
「お前……なんかヘンなもんでも食ったのか?」
再び荷物の確認に戻っていたリュカはよく聞こえなかったらしく、不思議そうな顔をしてこちらを振り返った。
その顔を改めて見ると、彼はやっぱりいつもの彼だった。金髪でくせっ毛で、おとなしそうな目をした子。
先ほどまでの妙な違和感はすっかりどこかに消えてしまっていた。
「いや、やっぱなんでもない」
そう言って打ち消しつつも、リンクの頭にはまだ疑問符が残っていた。
我知らず腕を組んでしばらく考え込んだが、心当たりは何も見つからない。
――ま、別に悪いキザシじゃないよな。
最終的に、彼はそう結論付けたのだった。
早朝。
円筒形の霧に丸く切り取られた空はまだ夜明けの濃灰色から朝方の薄ねず色に移り変わっていく途中で、
その円の中心にはちょうど、少しずつ光量を増しつつある天球が位置していた。
浮遊城の城下は一夜明けても相変わらず、耳が痛くなるほどの静けさに包まれていた。
遠い昔に敗れ、打ち棄てられたロボット達の残骸。城の再構成には巻き込まれずに済んだものの、捨て置かれ枯れるままにされた街路樹の名残。
そして彼方に見える、鋭い結晶がいくつも寄せ集まって構成された銀灰色の居城。
乾燥しきり、古ぼけたモノトーンに統一された景色の中で、エインシャントのその城だけが異様なまでの真新しさを保っていた。
雲海の上にありながらなおも天を目指してそびえ立つ巨大な城。
それはただでさえ広い浮遊島中心部のほぼ全域を占めるほどの敷地をもち、内部に広大かつ複雑な空間が広がっていることをうかがわせる。
だが、その全てを踏破する余裕はもう残されていない。効率よく、そして堅実に進んでいかなければならないだろう。
その風景に臨み、マザーシップの外に出た10人のファイター達はそれぞれの思いにふけっていた。
普段はおしゃべりな者も、そうでない者も一様に口を閉ざし、周りの静けさに飲み込まれてしまったかのようにじっとしている。
ある者は武器を静かに握りしめ、またある者は手持ちぶさたな様子で、そしてある者は自信たっぷりに腕を組んで。
背後のマザーシップはすでに、目に見えるほどの出力を持ったエネルギーバリアを展開していた。
ありとあらゆるセンサと船載AIによる警戒態勢も敷かれており、ファイター以外の誰かが近づこうとすればすぐに離陸するようになっている。
そしてもちろん、これから旅立とうとするファイター達はしばらく船に戻らないつもりでいる。
誰もが見つめる先は同じであり、考えるところも似通っていた。
目の前に開け放たれたエインシャントの城門。そしてその先に見える峻烈な居城。いよいよここまでやってきた、と。
それを実際に口に出せるのはもちろん、エインシャントの目の前まで辿り着いた時だ。
今はただ静かに心を整え、出発の刻を待つのみ。
と、彼らの間に軽いどよめきが起こった。
彼らの見つめる先、こちら側の浮島とあちら側の城を隔てる間隙に変化が起こったのだ。
途切れ途切れに続いていた浮き岩が独りでに集まっていき、粘土細工のごとく形を変えながらくっついていく。
アステロイドのように頼りなく点在していた岩石群は見る見るうちに寄り集まっていき、ついにこちらとあちらを結ぶ橋となった。
高曇りの空にも似た灰色の、幅広い橋。
欄干は備えられているものの、路面には煉瓦の継ぎ目はおろかアスファルトのでこぼこさえ見あたらず妙につるつるとした光沢を持っている。
その金属じみた質感は、色こそ違えどあの崩壊した黒い塔とそっくりだった。これもエインシャントの作り物なのだ。
それを作りだした者の姿は、やはり現れることはなかった。
おそらく向こう側の安全な高みからこちらを見下ろし、もったいぶった片手の一振りで橋を架けてみせたのだろう。
「ウェルカムって看板がついてたら、もうちょっと驚いてやったんだけどな」
マリオがそう言って腕を組んで笑ってみせ、そこでファイター達の緊張も解けた。
「どういうつもりなんだろう……罠じゃないですよね」
訝しげに眉をひそめたピットの横で、フォックスがこう返した。
「いや、むしろ『ここを通らなければただでは済まさないぞ』と言いたいのかもしれない。
あいつの城は空に浮いている。入ろうと思えば上空からでも、あるいは城の地階からでも侵入は可能だ。
そうなってしまっては困るから、こちらのルールに従えと言ってきているんだろうな」
城から目をそらさずにリンクは顔をしかめ、いかにも気にくわないという様子も露わにため息をついた。
「まったくどこまでもワガママなやつだよなぁ……。
もし、万が一、橋がなんともなくても、絶対城の中に何か用意してあるんだろ」
そう文句を言う彼を振り返り、カービィが聞いた。
「ぼくがためしにわたってみる?」
まるで味見をしようかと提案しているかのように何気ない口調で。
彼は先ほどから早く先に行きたそうな様子でちらちらと仲間の顔をうかがっており、機会を待っていたらしい。
だが、リンクではなくサムスがそれを制した。
「いや、10人全員で渡った方が良いだろう。
相手はこれまで以上に神経を尖らせているはずだ。目に見えるところで下手な動きはしない方が良い」
「確かに。前例があるからね……」
そう言って、こことむこうを隔てる空隙の隙間からちらと地上をうかがったのはルイージ。
彼の心に去来したのは亜空間爆弾を頂いたガレオムの姿だった。
ファイター10人をおびき寄せ、もろとも自爆を計ったガレオム。彼のあの行動は、エインシャントから命じられたものであった。
亜空間爆弾、新型兵、そして腹心の特攻。暴君エインシャントの命令は確実にエスカレートしてきている。
その矛先が生き残りの自分たちに向かうか、あるいはすでに捕らえられた仲間たちに向かうか。
いずれにせよ、取り返しのつかない段階に入ってしまう前に彼の暴走を止めなければならない。
きりりと表情を引き締めて、マリオは他の9人に呼びかけた。
「よし。みんな、心残りはないな?」
ファイター達は声を揃えてそれに応じた。
「ああ!」
「もちろんさ」
「おーっ!」
腕を振り上げる者、武器を構えてみせる者、そして黙って頷く者。
応え方は様々だったが、尻込みする者は一人もいなかった。
幅の広い橋の上を、10人のファイターが渡っていく。
橋としての定義を満たしてはいるが、何かを真似損ねたためにそれはかえって何ものにも似つかない異質な雰囲気を漂わせていた。
崩落する気配も敵が隠れている様子もなかったが、その何とも言い難い違和感が警戒心を刺激し、
10人は誰からともなくひとかたまりに集まって橋の中央を歩いて行った。
辺りは依然として静かだった。まるで聖域か神殿のごとく、厳粛な静けさが満ちていた。
10人分の足音も、浮遊島を囲む白い霧に吸い込まれてしまったかのようにくぐもって聞こえる。
聞こえてくるのは背筋も凍るような、虚ろな風の音ばかり。
誰も橋の欄干まで行こうとはしなかったが、止むことのない風の音はそこが地上から何百メートルと離れた高所であることを物語っていた。
頼れる者は傍らにいる仲間達しかいない。
いつ橋が崩れても近くの仲間を抱えられるように、ピットは武器を手に持たずに歩いていた。
メタナイトも背に翼をあらかじめ備え、わずかな変化も見逃すまいと鋭い眼光を辺りに向けている。
しかし、それは杞憂に終わってしまった。
わずかなもやの向こう、走ればたどり着ける距離に対岸が現れたのだ。ここまで来れば、もしも橋が落ちたとしても跳べば向こうにたどり着けるだろう。
これを幸いと喜ぶにはまだ早いが、少なくとも不幸ではない。
自然と早足になりつつもファイター達は橋を渡り終え、ついに開かれた城門へと駆け込んだ。
門は城の偉容と比べるとやや狭く作られており、3人ほどが横に並んで通るのが精一杯だった。
空に浮いている上に円周部分の警備態勢があるのだから、ここの門を狭くしてまで敵襲を警戒することもないように思うのだが
10人が城の敷地内に足を踏み入れたとき、そんな小さな疑問さえ吹き飛んでしまうほどのことが起こった。
「な。なんだ、これ」
先陣を切って駆け込んだリンクは、思わず剣を持つ手をこわばらせた。
狭い門をくぐり抜けて一気に開けた視界。そこに飛び込んできたのは明らかに異様な光景だった。
人の背丈を優に超える、壮大な灰水晶のクラスター。
不透明で巨大な灰色の結晶が、辺りを隙間無く埋め尽くしていたのだ。
それらは中心の城へ向けて徐々に高さを増して積み重なっていき、城の根もとでは城壁と結晶とが溶けあわさっている。
唖然としつつ、裾野に近い方の結晶体を眺めていたファイター達は、あちこちにミニチュアの浮遊城もどきがあることに気がつく。
大小様々なそれらは城とそっくりであるように見えて、尖塔や屋根などどこかが欠けていた。
おそらく、エインシャントが作り損ねた城の試作品なのだろう。
塀の中に満ちる一面のとげとげしい混沌を見ていると、
てんでばらばらに育っていく灰水晶に手をかざし、城の形を作りだそうと苦心するエインシャントの姿が目に浮かぶようだった。
平らな地面はどこにもなく、ここから見ると浮遊城は城というよりも険しい山をくりぬいて拠点にしたような風貌をもっていた。
唯一、城門から城入り口へと続く直線上は水晶の平らな面がかみ合って坂道として歩けるようになっており、
城の近くではその道を両側から囲むようにして、丈の高い水晶がせり上がっている。
ファイター達がその光景に目を奪われていたのも束の間、今度は後ろの方で雷鳴のような音が響いた。
「……離れて!」
集団の中ほどにいたピットはいち早く背後の異変に気がつき、城門に近いファイター達に呼びかける。
彼が見つめる先、城門の向こうでは先ほど自分たちが何事も無く渡りきった橋が不穏な音を立てて崩れようとしていた。
まるで先の光景を巻き戻していくかのように、つややかな路面に無数のひびが入り、大小の岩塊に分かれていく。
そして、異変はそれだけでは収まらなかった。
まるで糸で引っ張られたかのように岩塊がすいと浮かび上がると、おもむろに城門目掛けて飛び込んできたのだ。
幅で言えば優に城門を超えており、それがファイターを攻撃する意図ではないことは明らかだった。
すでに坂道を駆け上り、城門から距離を取っていたファイター達の振り返った先で、たった一つの出口が轟音と共に塞がれてしまった。
壊すだけならば、ここにいる面々なら難なくできるだろう。しかし、その先の空隙は。
門が塞がれる直前、狭い隙間の向こうに見えた堀はすっかりきれいに掃除されてしまっていた。
飛び石を構成していた岩石さえも下の地面に落下してしまったのだろう。
退路を絶たれてしまったファイター達だったが、彼らの顔には厳粛な決意だけがあった。
この世界には元々自分の身一つで飛び込んできたのだ。思い残すことも、ためらうこともない。
あとはただ、前へと進むだけだ。
生き残りの戦士達は互いに隣に立つ者と視線を交わし、黙って頷きあう。
そして、城の入り口へと続く坂道を一歩一歩、踏みしめるようにして登っていった。
◆
ちょうどその頃、霧に隔てられた浮遊城外縁部にて。
未だにもやの掛かる空には20機を超えるフライングプレートが静止し、
地上ではプレートに乗り切れなかった夥しい数の兵達が足の踏み場もないほどに密集し、それぞれの武器を手に待機していた。
リムに配備された兵の全てという大軍隊を連れ、天まで届く白い壁を前にして先頭に立つのはデュオン。
一段と事象粒子の霧が濃くなるラインを前に、彼らは瞑目していた。
半日にも渡る苦痛に満ちた長考の末、彼らはようやく一つの決定を下したのだ。
これより他に道は無く、これより善なる行動は無い、と。
――お許しください。我等が主。
ソードサイドは背をそらしその両腕を高く掲げて……一気に斬り払う。
生み出された真空は白く発光する壁を引き裂き、デュオンの背丈を超える裂け目を作りだした。
破られた壁の向こうには、灰色にそびえる主の城。残党どもはすでに城の中に入っている頃だろう。
足元で兵士達が整然と隊列を組んで行進をはじめ、上空からもフライングプレートが一機ずつ裂け目をくぐり抜けていく中、
デュオン・ソードサイドは気遣わしげな視線を城に向けて佇んでいた。
"連絡があるまで待機しろ"。彼らはエインシャントからそう命じられていた。
だが、彼らは苦渋の末にその命を破った。何も言われぬうちに自分たちの判断で行動を開始したのだ。
優秀な頭脳を持つ兵は時に上の命令に背くものだが、彼らがエインシャントの言葉と真っ向からぶつかる行動を、それも報告なしに行ったのは初めてだった。
ファイター達はすでに霧の防御を突破し、そしておそらくは城の攻略を開始している。
そんな状況であれば、命令がないからと言って馬鹿正直に待機を続けることこそ不忠にあたるだろう。
主からの指示がない理由も、あまりにも戦況が差し迫ってきたためにそれどころではなくなっているのだと考えれば納得がいく。
本当に主の御身を案じるならば、こちらも兵を率いて間に入り、徹底的に主を守るべきだ。
それでもデュオン・ガンサイドは瞑目したまま、こう思考する。
――これは、あなた様のためなのです。
その言葉はどこか言い訳をしているようでもあった。
プログラム単位で書き込まれた、エインシャントへの揺るぎない忠誠心に。
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最終更新:2016-10-01