気まぐれ流れ星二次小説

星は夢を抱いて巡る

第5章 老いをもらたす者 ②

 

 

 

ぼんやりと赤く照らし出された円筒状の室内。元は何のための部屋だったのか、壁面にはいくつかのモニターらしき平面が埋め込まれ、部屋の中央には丸いつるつるしたパネルもあった。だが、いずれも今は電気か何かのエネルギーが通っておらず、暗い色に沈んだままだ。

扉はスネークが出て行った時のまま、薄く開いた状態になっている。

ピットは段ボール箱を肘置きにして座り、じっと黙ったままスネークの帰りを待ち続けていた。一方、ツノ付きフードを被った珍妙な生き物はというと、そわそわと落ち着きない様子で出入口の方を見ては、何か言いたげな顔でピットの方を見つめていた。

これは聞いてやるまで止まらないだろう、と判断し、根負けしたピットは尋ねてあげることにした。

「どうしたの?」

「実はネ……」

妙にしおらしく、マホロアはピットに向き直ると、下げた両手を合わせる。

「ボクも、あのおっかないヒトと同じク、元いたバショに帰ルのが夢ナンダ」

視線を心持ち下げ気味にして、彼はこう続けた。

「ソコにはいっぱいトモダチがいテ、ボクの船でイッショに冒険してタんだケド、ある時トンデモナイ化け物に襲ワレちゃってサ……気がツイタラみんなとはぐれてテ、船もドコカいっちゃって、真っ暗なトコロをたったヒトリでず~っと漂っていたンダ……」

「大丈夫。この船の人たちに手紙を渡して、僕らへの誤解を解けば帰れるよ」

そう言ってあげるも、マホロアは途端に憤然としてこう言い返した。

「キミはソレで良いノ?! あのデカいヒトのやり方ジャ、いつまで掛かルか分からないヨ! ボク、ソンナノ待ちきレないヨォ!」

それから彼は大きなため息をつき、力なくかぶりを振る。

「コノ船に閉じ込めラレて、いったいドノくらい経っちゃったンダロウナァ……モウ、数えるのも飽きちゃっテ、覚えてナイんだヨ。今頃ミンナ、ボクの姿がドコにも見えなくて心配シテルんだろうナァ……」

同情の気持ちが無いわけではないが、敢えて突き放すことで現実を直視させようと、ピットは事実を伝える。

「今の僕は武器も持ってない。できることはないよ」

そう言って、再び正面を向く。

マホロアは残念そうな返答をしたものの、その後は静かにしていた。

 

ようやく大人しくなったか、と内心でほっとしつつ、ピットは何気なく彼がいる方面を見やった。

その眉間が、微かにしかめられる。

彼の見る先、扉は先ほどよりもわずかに、しかし確実に開いていた。

 

少しして、廊下の遠くがにわかに騒がしくなった。ものが倒れる音、金属の壁に何かが激しくぶつかる音、光線銃らしき鋭い擦過音。

ピットは反射的に腰を浮かしかけ、そこではっと立ち止まる。スネークの言葉を思い出したのだ。

しかし遠くでパイレーツ達が怒り交じりに喚く声が聞こえてきて、ピットは苛立ちから拳を握りしめる。それは、半分くらいは、マホロアの行動を予期できなかった自分に向けたものでもあった。

そして彼は勢いよく扉を開け、飛び出していった。

 

 

案の定、騒ぎが聞こえた方角に進むと、パイレーツ数名によって袋小路に追い詰められた青いフード姿が見えてきた。

走ってくるピットに気づいて振り返った宇宙海賊たちの、顔面目掛けて拳をぶつけ、振り払われた刃物を避けてそのまま横腹に蹴りを食らわせる。突然の襲撃に彼らが怯んでいるうちに隙間を潜り抜け、マホロアを抱えてすぐさまその場を離れる。

一瞬遅れて、背後がにわかに騒がしくなった。耳の横を鋭い熱線が掠めるも、ピットは怯まず、振り返らずに駆けていく。

だが、そこで翼が何か素早いものに弾かれ、付け根にかけて電撃が走った。

「いっ……」

嫌な痺れが片方の翼を駆け巡り、天使は思わず顔をしかめる。その感覚は、肘を下手な場所にぶつけた時のあの痺れにも似ていた。

もしもこれを足に受けたら、バランスを崩して倒れてしまうだろう。そうなればまたあの牢屋に逆戻りだ。

歯を食いしばって何とか片目だけでもしっかりと開け、少しでもパイレーツの狙いを逸らすよう、天使は前傾姿勢になってジグザグに走り始める。こちらの足跡のわずかに後を追い、電気の爆ぜる音が追いかけてきたが、その間隔は少しずつ広がっていった。

どうやら足はこちらの方が速かったようだ。しばらく走っていくうちに徐々に銃撃は遠ざかっていき、パイレーツの怒りに満ちた声も小さくなっていった。

 

ほとんど何も考えず、来た道を全速力で走っていると、小脇に抱えたマホロアが感激もあらわに目を輝かせ、こう言った。

「キミなら助けに来てくれルって信じてたヨォ!」

「よく言うよ、自分から飛び込んでいったくせに!」

半ばやけになってそう返すピット。

「とにかく、これで懲りたでしょ? さぁ、さっきの部屋に戻るよ――」

と、そこで彼は言葉を途切れさせ、立ち止まってしまう。あるべき場所に曲がり角は無く、彼の前にはずっと直線の道が続いていた。

「きっとこっち……」

引き返して、一番近くにあった分岐路に入るも、その先は少し先で行き止まりになっている。

途方に暮れてしまった天使。彼に抱えられたまま、マホロアは肩をすくめるような仕草をした。

「ヤレヤレ、ボクらで進むしかナイみたいダネ」

「あのね……誰のせいだと思ってるのさ」

 

マホロアの言葉に従ったわけではないが、ピットは腹を括って自ら通路を歩き始めていた。マホロアもすでにピットの腕から解放され、横並びにふわふわと漂いながらついてくる。

耳を澄ますと、遠くでうっすらとサイレンが鳴り響いているのが聞こえてくる。

――僕らの脱走にようやく気付いたのかな?

そう思いながらも、ピットは焦らず慎重に、周囲に気を配りつつ歩いていた。

しかし警戒するわりには、そしてスネークがあれほど警告していたわりには、彼らの進む通路を見回るエイリアンの姿は少なかった。

先ほどスネークの先導で通路を切り抜けた経験が、さっそく役に立っていた。進行方向にちらとでもパイレーツの影が見えれば、物陰に隠れてやり過ごし、彼らは少しずつ進んでいく。何しろ、通路には雑多なガラクタが放り出されている場所も多く、隠れるのにはあまり苦労しない。残飯までもが放置され、悪臭を放っているのには閉口したが。

正規軍なら考えられないほどの廊下の荒れようを見ていると、彼ら反乱軍が元は宇宙海賊だった、というのも頷ける。

道中、こんなことまであった。

二人が歩いていると、上の方から通路を突き抜けるような重い振動が響き、鈍い爆発音が聞こえてきた。それに続いて大小の爆発が艦内を鈍く揺らしながら遠ざかっていく。

「なんだ……?」

ピットが警戒する一方、マホロアはまるで平気な顔をして、こんなことを言っていた。

「アイツらヤバンだからネェ。ケンカでもしてルんじゃナイ?」

 

 

ピットはバッジを探しに行くか、あるいは手紙を渡す相手に会いに行くつもりでいたのだが、それを聞いたマホロアはこう言った。

「ネェ、それヨリも良いアイディアがアルヨ!」

彼はくるりと回るようにしてピットの前に回り込み、片手を高く上げて振る。

「君のアイディアはいまいち信用できないんだよなぁ」

ピットがそう言って渋っていると、マホロアはこちらを見上げて首を傾げた。

「キミが手紙を配ル相手は、キワメツケの“ワル”なんでショ? そうカンタンに手紙を受け取ッテくれると思ウ?」

彼の言葉にも一理ある。ピットは対案を思いつけず、腕を組んで考え込んだ。そんな彼に、マホロアはこんな提案をした。

「この船のコントロールを奪ッチャッテ、ボクの“故郷”に船ごと落トシちゃおうヨ。で、ワルいヤツらをコテンパンにしてもらうンダ!」

「こてんぱんにしてもらうって、誰に? あてでもあるの?」

「当~然! ボクの故郷にはチョ~強くってト~ッテモ頼りになるトモダチがたくさんいるんダヨ」

「それ本当?」

宇宙のならず者をパイレーツとして束ね、従わせるほどの力と頭脳を持つリドリー。そしてそんな彼さえも屈服させ、配下に甘んじさせているガノンドロフ。

彼らをまとめてねじ伏せられるほどの強者がいるとは、にわかには信じられない。

「ア、信じてナイネ? 中でもイチバン強いのが、くいしんボウでのんきなヒーロー! わるいヤツをやっつけタリ、ひとだすけをしてくれル、ボクの故郷じゃミンナが知ってるユーメージンなんだけどナァ~」

「食いしん坊でのんき……? なんか頼りにならなさそうだなぁ……」

「クッククク! そんなコト言っちゃっテ、ボクのトモダチがどんなにスゴイか、アトから思い知ってコウカイしても知らナイヨォ~」

余程自信があるのだろうか。マホロアはピットが半信半疑なのを見て、上機嫌で笑っていた。

 

マホロアの言う“トモダチ”が本当かどうかはさておき、このまま亜空間という異様な場所にいるよりは、どこか実空間に抜け出した方が、わずかでも女神パルテナの助力を得られる公算が高い。

となれば、どこかの段階で船の操縦を自由にできる状態にはなっておいた方が良いだろう。

いずれにせよ、武器が無くては始まらない。

「まずはバッジを探すよ」

それが武器を取り返す目的だと知ると、マホロアも今度は異議を唱えなかった。

ピットについていきながらも、こんなことを話しはじめる。

「さっきのデカいヒト、バッジが『戦利品』として集められてルかもしれナイって言ってたよネ? ボク、あのロウヤに閉じ込められてルときに聞いたンダ。コノ船、アクウカンを渡ってル間に、あっちこっちデ色んなヒトやモノを拾ってるンダッテ。アクウ軍退治に使えソウなモノがあれば、ナンデモ持ってくッテ言ってたヨ。まるでゴウトウだよネェ」

確かにそれなら、リドリーのいた部屋の、あの無節操な飾りようも説明が付く。

亜空間を航行中なら、盗みを働いてもお咎めなしなのだろう。そもそも漂流物なら持ち主不明だ。実空間での『商売』が続けられるのなら、何をやっても構わないということか。

「じゃあ、僕のバッジも使える物かどうか調べられてる途中かもしれないってこと……」

そう言った矢先、“バッジが分解調査されている可能性”が頭をよぎり、ピットは青ざめた。

船にいるエイリアンはどう見ても器用そうには見えない。バッジを壊されでもしたら、本格的に帰れなくなってしまう。

「ねぇマホロア。君も船を持ってるんだよね? お宝を見つけたらしまっておく場所、どこか見当つかない?」

「エッ……」

なぜか、途端に渋い顔になるマホロア。

「……シラナイけど、端っこヨリは真ん中じゃナイ? ボクだったら大事なモノはスグ近くに置いておくカナ……」

「だよね。だったらこの船の中心部か……」

「キミ、どっちがチュウシンブか分かるノ?」

「いいや。でも、警備が厳重になる方角に進めば――」

「ホンキで言ってル?!」

仰天し、すっとんきょうな声を上げたマホロアに、ピットは振り返ってこう言った。

「僕一人でも行く。君は部屋に戻ってて良いよ」

「チョ、チョット……! ボクも帰りミチ分からないんだケド!」

ピットがさっさと進んでいってしまうので、マホロアは不服そうにむくれつつも後を追いかけていった。

 

 

通路を進むうちに、徐々に辺りが整頓された区域に入ってきた。

おそらく中心部が近いのだろう。

――よし、ここからは気を引き締めて行かなきゃ……

そう考えて進んでいた時、まるでこちらの心を読んだかのように、一本道でエイリアンの巡回に出くわしてしまった。

彼方から少しずつ足音が聞こえてくる中、ピットは声をひそめつつも切羽詰まった顔でこう言った。

「ちょっとマホロア、何でもいいからあいつの気を引いてよ!」

だがマホロアは目を潤ませてこちらを振り仰ぐ。

「ソ、ソンナ……! カヨワイボクにそんな手荒なコト……できないヨォ……!」

「そんな贅沢言ってる場合?!」

そう言いつつも辺りを急いで見渡す。彼の目に止まったのは、彼らの後ろ、通路の途中に山を為して積み上げられた段ボール箱。

――これだけあればきっと……!

考える間も無く、マホロアを抱えて走っていった。蓋の開いた段ボール箱をひっつかみ、ひっくり返して中身を空け、上からすっぽりとかぶって段ボールの山の陰に隠れる。

厚紙一枚を隔てて、やがてパイレーツの足音が近づいてきた。小走りにやってきて、廊下の途中で立ち止まり、訝しげに床や壁をつついている音がする。どうやら先ほど、箱の中身を盛大にぶちまけたのを聞かれてしまったらしい。

 

息を殺し、外の気配に全神経を集中させる。もしも見つかってしまったら、先手を制して怯ませ、とにかく逃げるしかない。

でも、相手があの痺れさせる武器を持っていたら?

いくら相手の足が遅くても、こんなに至近距離で発見されれば、射程圏内から出る前に撃たれてしまう未来しか見えない。段ボール箱を相手の頭に被せて視界をふさげば、少しは時間を稼げるかもしれないが――。

今更になって、天使は安全圏を出てしまったことを後悔していた。何しろ彼は、素手で戦った経験がない。先ほどのような後ろからの不意打ちならまだ何とかなったが、今回の相手は何者かの存在を警戒している。もしかしたらすでに、武器を構えているかもしれない。

――神器さえあれば、どうとでもなるのに……!

緊張で一秒が一分くらいに感じられる中、ピットは頭の中で様々な作戦を考えては破棄し、箱の外側でうろつく足音に耳をそばだてて、少しずつ焦燥を募らせていた。

 

やがて、悪態をつくような声がしてピットの隠れた段ボール箱に何か軽いものがぶつかる。その感じからすると、ただ単にパイレーツの蹴った何かが偶々ぶつかっただけのようだ。

そのままパイレーツの足音は遠ざかっていった。

 

十分に遠ざかったのを確認してからこっそりと様子を伺うと、パイレーツの後ろ姿はその手に持った何かをかじりながら歩いていた。箱の中身はどうやら食べ物だったらしい。

「キミも食べル?」

見ると、マホロアが廊下に転がった食べ物――リンゴによく似た果物の一つをこちらに差し出していた。すでに自分もそれをほおばっている。

ここに来てから何も食べていなかったのを思い出し、ピットは仕方なしにため息をつきながらもそれを受け取った。

「君ってほんと、便乗することにかけてはピカイチだよね」

 

直感の赴くままに進んでいった彼らは、不意に、天井の高い通路に出た。

突き当たりには、今まで見てきた扉とは様子の違う、両開きの厳重な扉が待ち受けている。

「いかにも倉庫って感じだね」

「だとイイケド……」

セキュリティーロックは掛けられておらず、ピットが扉の縁に手を掛けようと近づいたところで向こうの方から自動的に開いた。警戒から思わず立ち止まってしまったが、向こう側から誰かが来るような気配はない。

扉の向こうに現れたのは、雑多な物品の織り成す堆積物。中央のわずかな道を空けて、左右にうず高く積み上がっている。

「うわぁ……」

思わず声に出してそう言ってしまった。いったい亜空間にはどれほどの物体が漂流しているのだろう。そしてここまで溜め込むのに反乱軍はどれほどの期間、航行を続けてきたのだろう。

堆積物の表層にあった金色の懐中時計らしき物体を手に持ち、マホロアはピットに向けて首を横に振った。

「ダメだ、止まってル。ホントにガラクタしかないネ。ピット、ここハズレだヨ、ただのゴミ捨て場ダ」

「……いや、待って。奥が明るくなってる」

目をすがめて見つめる先、細長い通路の先に明かりが灯っていた。

 

明かりに誘われるように歩いていくと、徐々に左右のがらくたの山に変化が現れた。無造作に堆積していたところから、いくつかの小さな山に整理されていき、山がかごに置き換わり、さらにそれらが棚に収められるようになっていった。

 

そしてついに、部屋の中心部ともいえる場所に行きつく。

左右の棚はそこで途切れ、がらんと開けた倉庫の真ん中に作業机が置かれている。

机に向かい、こちらに背を向けて作業をしている男の姿が見えていた。

 

さすがに踏み出すほどの無謀な勇気はなく、ピットは棚の陰に隠れて男の様子を伺う。

白に近い水色の、短く逆立つような頭髪。白衣を着ているように見えたが、長袖とズボンは暗い灰色で、どこか作業服か宇宙服のような趣があった。あの髪が白髪ならかなりの老齢のはずだが、それにしては動作がきびきびとしている。

続いて男の手元に注意を向けた天使の目に、見慣れた赤と金の色が飛び込んでくる。

「あっ……!」

思わず声に出してしまった。

その物音に気付き、作業机の男もこちらを振り返る。

眉は見当たらず、広い額の下で三白眼がこちらをひたと見据えていた。片手を後ろに回し、振り向いた具合によって、わずかに上から見下ろすような目つきをしている。

そこでピットは初めて、彼が腰の横にモンスターボールを携帯していることに気が付いた。いつかの任務の時に協力してくれた少年、レッドと同じく、彼もまたポケモントレーナーなのだろう。

男はしばらく何も言わずにピットの全身を、文字通り観察するように眺めていたが、不意に何か理解したかのように警戒を解く。

そのまま背を向けて作業を再開したので、ピットは拍子抜けしてしまった。

逡巡の後、思い切って歩み寄ることにする。

机の端に置かれた物体もはっきりと見えてきて、それが確かにエインシャントお手製のバッジであることが分かった。ピットがある程度近づいたところで、男は、今度は何気ない調子で振り向いた。

「君、何か用かな」

穏やかな、それでいてどこか無機質な声。

「えっ?! ……えっと、強いて言えばそこのバッジに……」

「欲しいのなら持っていくと良い」

「え……良いの?」

男は表情の読めない顔で頷いてみせ、机に備え付けられた大きなレンズの角度を調節すると、近くの椅子を引いて座り、手元の機械に向き直る。

「もう、それの調査は済んだ。私には用のない物だった」

バッジは見たところ無傷だった。多少でも知識のある者に渡ってよかったと思いつつ、

「……あー、えっと……ありがとう」

一応礼を言いつつ、ピットはバッジを回収した。

ついでに男の手元を見てみると、彼はさまざまな工具を使い分けながら、何かの機械を慣れた手つきで分解し、細かな電子部品に分けているところだった。

「――変な質問かもしれないけどさ、僕らのこと、通報したりしなくて良いの?」

「なぜ?」

男は顔を上げないまま、手も止めずに短く問いかけた。

「いや……僕ら、この船の乗組員じゃないからさ」

「なるほど。私も同じだ」

「え……?」

戸惑いもあらわな反応を返したピットに、短髪の男は再び手を止め、顔を向ける。

「正しくは、『私にもそのつもりはない』と答えるべきだったな。私はあくまで、自分の目的を達成するために『反乱軍』を利用しているだけだ」

そう言い切った彼に、ピットの横からいつの間にか追いついていたマホロアが顔を出した。

「キミってすごいネ! ボク、感心しちゃったナァ?。ネェネェ、ボクはこの船の人たちとナカヨシになりたいンダ。ボクのこと、この船の誰かにショウカイしてくれなイ? そうしてクレタラ星、ううん、ウチュウを……」

「宇宙?」

二つの声が同時に言った。

片方は訝しげな、怪しむような天使の声。もう片方はひどく真剣な興味を覗かせた男の声。

わずかに見開かれた三白眼、そこに宿った並ならぬ執念の炎に気づき、青タマゴはすっかり気圧されてしまい、こう継ぐ。

「……ウ、ウチュウを股にかけル大冒険に、キミをごショウタイしようカナ?なんテ……」

 

 

機械いじりの男は、うるさくしなければ二人が部屋に居ても気にしない様子だった。

そこでピットは倉庫の端の方まで引き返して、さっそくバッジを取り付け、問題なく武器が出せることを確認していた。続いて、一縷の望みをかけて通信をつなげてみる。だが、バッジの向こうはしんと静まり返って何の音も聞こえてこない。

光の女神にも、そしてエインシャントにも、つながる気配はなかった。

 

あの後、三白眼の男はマホロアの提案に微かに拍子抜けしたような顔でため息をつき、首を横に振ってこう答えた。

「……悪いが、興味はない」

そのまま再び机に向かってしまい、今度は振り返りそうにもなかった。

 

その時のやり取りを思い返していたピットは、ふとマホロアにこう問いかけた。

「粘らなくてよかったの?」

「あのヒト、なんかコワイからネ」

さして執着する様子もなく、マホロアはそう答えた。

「ふーん」

と、何食わぬ調子でピットは、

「このくらいでびびってたら望みは薄いかもねぇ。『反乱軍』を利用するのは」

流れのままに鎌をかける。

マホロアは途端にひどく慌てた様子でピットを振り返った。

「ナ、ナァニを言ってルンダィ? そんなコト企んでるわけないデショ! ボクはあくまでみんなとトモダチになりたいだけダヨォ」

そう言ってもみ手をしながらにっこりと笑う。

「本当かなぁ?」

ピットはにやにや笑っていた。

マホロアはちょっと声を大きくして、無理やり話を変える。

「そんなコトヨリ! ピット、これでキミの探してタ『バッジ』は見つかったヨ。アトはこの船のコントロールルームに乗り込むダケダネ!」

「もう、勝手に決めないでくれる? 僕の任務はキーパーソンに手紙を配ること。船の強奪がしたいなら他の誰かに頼んでよ」

「そんなツメタイこと言わないでヨォ……オネガイ、今のボクにはキミしかいないんだカラ!」

そう言ってしがみつこうとした手を、すっと先に抜くピット。地面に倒れる羽目になったマホロアだが、なおも諦めず顔を上げると、真面目な顔でこう言った。

「ネェ、ピット。コノ船のヒトたち相手に、一筋縄で行けルと思ウ? 船をヒトジチにすれば、きっとキミの目的もタッセイできるヨ? ソレに、スネークより先にバッジをミツケタその実力ナラ……」

だが、これを聞いたピットは、

「――あ、そうだ。そう言えばあの人、今どこにいるんだろう。ここで待ってたら会えるかな?」

と、付近のがらくたの小山に腰掛ける。マホロアは若干の苛立ちを紛れさせながらも、その足元にふわふわと近づいた。

「あんなヤツほっとこうヨ、ピット。今頃キミのことなんて忘レテ、勝手に帰っちゃってルに違いないヨ! なんたっテ、このイタイケなボクをザンギャクなエイリアンの巣窟に置いて行コウとしたくらいなんダヨ?」

「良く言うよ。その残虐なエイリアンとお友達になろうとしてたくせに。自分の故郷に帰りたいとか言ってたけど、それだって本当かどうか。さっきだって宇宙がどうとか言いかけてたし――」

言葉が途切れたのは、彼の耳に呼び出し音らしきベルが聞こえたためだった。

「ドウかしたノ?」

マホロアには聞こえていないらしい。

つまり、音の源は肩に留めた例のバッジ。ピットははやる胸を抑えて宝飾の向こうに呼びかける。

「――あの、もしかして……パルテナ様ですか?」

返ってきたのは低い男の声だった。

『……その声は、ピットか?』

「え? スネーク?」

きょとんと目を瞬いた天使。

『今どこにいる。無事なのか』

スネークは掛かり気味に聞いてきた。

「あ、えっと……無事だよ。たぶん君が言ってた、戦利品の集められた部屋にいる。バッジも取り戻せたよ」

それを聞き終えた男は、通信の向こうでややあって、堪えていた息をつくような長い溜息をついた。

『……待っていろと言ったろう』

「か弱い誰かさんが勝手に外に出たんだよ」

『…………そうか』

彼はそれ以外何も言わなかった。だが、言外に「放っておけなかったのか」という雰囲気がありありと感じられた。

『ここまで戻ってこられるか?』

「難しいかも。出た時点で迷っちゃったんだ」

『分かった。俺の方からそっちに向かう。……今度は、絶対にそこを動くなよ』

 

 

スネークからの伝言を聞くと、マホロアはあからさまに不服そうな顔をした。

『武器も取り戻したんだから』と言い、手を変え品を変え、コントロールルームの奪取を勧めようとした。しかしだんだん彼の扱いに慣れてきたピットは動じず、「行きたいなら一人で行って」と突っぱねて、絶対に動こうとしなかった。

先ほど一人で出て行こうとしたときにパイレーツにあっという間に囲まれたのが、余程堪えたのだろう。今度は単独で飛び出していくような無茶はせず、彼はぶつぶつと不満げに愚痴を呟きながらもピットと共にその場に留まっていた。

 

バッジにぼんやりと赤い光が灯り、先程と同じ、どうにも耳慣れない電子的な着信音が頭の中に響いた。

『ピット。そっちの状況は』

「何ともないよ。スネークは?」

ピットが答えると、横のマホロアが反応した。「ネェ、またアノおっかないヒトから通信ナノ?」と騒ぐのを、目覚まし時計のように頭の上を押さえて止める。

『問題ない。間もなく到着する』

「分かった。無理しないでね」

すると、ため息のような音が聞こえた。

『……大丈夫だ。お前みたいな無茶はしていないからな』

「悪かったよ。今度こそは絶対動かないから安心して」

返答はなかったが、相手には聞こえているようだ。

ピットはふと、通信の向こう側にこう尋ねた。

「ねえ、君もテレパシー使えるの?」

『急にどうしたんだ? 俺はその類の能力は持ってないぞ』

「え……じゃあどうやって僕に話しかけてるの?」

『どうって、無線じゃないのか』

今度はピットの方が、沈黙してしまった。

『“210.10”。あの時お前から渡された手紙の裏を調べたら、周波数が書いてあった。てっきりあんたが書いたんだと思ってたんだが……違ったようだな』

 

 

やがて、倉庫の壁面の方で微かな音がした。目を向けると、通気口と思しき大きなパネルがごとごとと揺れている。

パネルが外れ、見えない手によって浮き上がったかと思うと、案の定、スネークがダクトを通って匍匐前進で現れた。

手にもったパネルをまた元の位置に戻している彼に向け、マホロアが呆れた声でこう言った。

「キミ、ドア使わないシュギナノ?」

しかしスネークは全く取り合わず、マホロアの方を振り返って

「なんだ。お前、まだいたのか」

面倒そうに目を細めてマホロアを一瞥するだけだった。

それから彼は、ピットの方に向き直る。

「ピット。怪我はないか」

「うん、まあ。バッジもそこの人に普通に返してもらえたし」

それを聞き、彼が指した先を見て、軽く驚いたような表情をするスネーク。

あまりにもピット達が平常だったので、室内に他に人がいるとは思っていなかったようだ。

目をすがめて部屋の奥の人物を見定めてから、彼はこうつぶやく。

「……なるほど、あいつの興味を引くものではなかったというわけか」

「あの人のこと知ってるの?」

「『反乱軍』に雇われたメカニックの一人。航行中に拾われて才能を見出され、同じく流れ着いてくる数多の物品の有用性を調べたり、船内の機器の修理をしている、というくらいだな。名前、年齢は不明だ。何しろ船内の誰かと喋ってる姿をほとんど見たことがない」

「へぇ……ちょっと意外かも」

スネークの総評を聞き、ピットは軽く目を丸くした。

自分が話した印象では、底の知れないところはあるにせよ、少なくとも表面上は普通の人間のように見えていたのだ。

誰とも話していないというのはただ単に、反乱軍のほとんどが言葉の通じないエイリアンだからなのかもしれない。

彼方で照明に照らされ、黙々と作業を続ける男の後ろ姿を眺めてそう考えていた矢先、スネークの声が聞こえてきてピットは我に返る。

「ともかく、次からは無鉄砲な真似はするな。いくらお前が天の遣いでも、幸運の女神がいつもお前に微笑んでくれるとは限らない」

「大丈夫。僕にとっての幸運の女神はパルテナ様だから!」

ピットは自信たっぷりにそう答えたが、それを聞き、スネークは呆れたような顔をしてこう言った。

「お前なぁ……そこは惚気る場面じゃないぞ」

「のっ……のろけじゃないよ!」

 

反乱軍による新たな“拾得物”の搬入が無い限り、この倉庫は安全地帯だということで、ひとまず二人はその場に留まって現状を整理しなおすことにした。

マホロアもちゃっかり仲間のような顔をして傍にいたが、スネークがいるからだろうか、打って変わって大人しくなり、“コントロールルーム”のことはおくびにも出さない。二人はどちらからともなく、敢えて追い払わず、彼の好きにさせることにした。追い払おうとすれば十中八九、かえって厄介なことになるだろう。

 

「あれから状況が変わった」

スネークはそう切り出した。

「お前への連絡手段を急いで探したのも、それを伝えるためだった」

「リドリーを探したときに、何か見つけたんだね?」

ピットの問いかけに頷きで応えると、スネークはこう言った。

「……間もなく亜空軍との戦闘が始まる」

 

彼の話はこうだった。

リドリーの居場所は分かったが、スネークが現在地を突き止めたとき、彼は亜空砲戦艦の中でも特に警備の厳重な区画の一室、公室にいたという。

そして公室には彼のほかにウルフ、さらにガノンドロフの姿もあった。

「公室? それって何する場所?」

ピットの問いかけに、スネークはこう答えた。

「船長やその類が執務や応接をする場所だ。いずれにしても、俺が反乱軍の連中の使い方を見て、そう“見立てた”だけに過ぎない」

スネークが聞き取れた範囲では、彼らは亜空間での戦闘について作戦を話し合っているようだったという。

「どうやら、まもなく亜空軍の本隊に追いつくらしい。そこで奴らは、本隊を率いる首領への総攻撃を仕掛けるつもりだ」

「総攻撃……?!」

思わず目をむいたピット。だがスネークは落ち着かせるように、すぐにこう言った。

「慌てるな。彼らの様子からすると、これが初めてのことじゃない。むしろ、何度も仕留め損ねているような気配があった」

「そう……? なら良いけど……」

反射的に立ち上がっていたピットは、遅れて再びがらくたの山に腰を下ろす。と、そこでふと気づいてスネークにこう言った。

「――そういえば、今なら三人が集まってるってことだよね? じゃあ、僕も今からその公室に行けば……」

「今からでは無理だ。いくら急いでも間に合わない。今まで俺が見てきた様子だと、ウルフはまず間違いなく自分の部隊を率いて船を出る。リドリーも同じだ。二人とももう公室から出ている頃だろう」

「じゃあ残るは……」

ピットにスネークは頷きかけ、答えた。

「そう、ガノンドロフだ」

「……え、でもガノンドロフって反乱軍のリーダーなんだよね……? そんな簡単に会いに行けるの?」

眉間にしわを寄せる天使。

「逆に言えば、今しかない。手の空いている連中は亜空軍との戦闘に駆り出されるから、通路をうろつくパイレーツも少なくなる」

「じゃあ護衛は? さすがに自分の身の回りくらいは守ってるよね」

なおも心配そうに尋ねるピットに、スネークはきっぱりとこう告げた。

「俺がおとりになる。『軍』を騙っているが、この船の奴らには統率が無い。あるのは絶対的な力による抑圧だ。どんなに分厚い警備網を敷いていたとしても、目の前に侵入者が通れば、いとも簡単に釣られて持ち場を離れるだろう」

言葉の意味が頭に届くまで、ひどく長い時間が掛かった。

「君が……」

慌ただしく目を瞬かせ、ピットは思わず身を乗り出す。

「たった一人で?! そんな、無茶だよ!」

「お前はお前の『すべきこと』だけを考えるんだ」

「僕の……」

ふと、自信なさげに俯く天使。

「ピット」

名前を呼ばれ、顔を上げる。

いつの間にかスネークは立ち上がっていた。

倉庫の薄明りに照らされ、彼の瞳はこちらの目を真っ直ぐに見据えていた。

「お前のやってきたことは、決して間違いじゃない」

何も言えず、それでもスネークを見上げていたピット。

と、今まで黙って二人を見比べていたマホロアが、そこで何かに気づいたらしく、にやりと企み顔で笑った。

それからくつくつと含み笑いをし、こう言った。

「間違イじゃない、ネェ~。マッタク、モノは言いようダヨネェ」

「おい、ぬいぐるみ。お前は黙っていろ」

 

 

再び蛇の名を持つ男と別れ、天使は倉庫で待機していた。

まずはスネークが先行し、合図を受けたら天使も出発する。メインフロアに至る警備網は先にスネークが無力化しておき、後から追いついたピットと共に、ガノンドロフがいると目される艦橋に乗り込む。最終局面でスネークが囮となり、天使が本丸に攻め込む。そういう作戦であった。

 

バッジも取り戻し、いよいよ手紙を配りに行こうというのに、肝心の当人は心ここに在らずといった顔をして、がらくたの山をぼんやりと見上げていた。

そんな彼に、マホロアがふと声を掛ける。

「ネェ、ピット。大丈夫カィ? なんだか元気ナイネ」

傍の生きたぬいぐるみを、天使はなんとも言えない表情で眺める。

それから、さすがに突き放すほどまではいかないものの、予防線を張る程度には距離を置いた声音で、やんわりとこう言った。

「……君には関係ないよ」

しかし、マホロアは珍しく真っ直ぐな瞳を向けて進み出る。

「ムリしちゃダメだヨ。キミはボクの命のオンジンなんだカラ、チョットくらいオンガエシさせテ!」

それから、ふと気づいてしおらしく視線を落とすと、申し訳なさそうに両の手を合わせる。

「……って言ってモ、ボクには話を聞クくらいしかデキナイケド」

「他にもあるんじゃない?」

「何? ナンデモ言っテ!」

途端に目を輝かせた彼に向けて、ピットはこう言ってやった。

「僕らが手紙を配り終わるまで、ここでずっと、おとなしくお留守番することさ」

「ソンナ――」

マホロアが何か抗議しかけたのを遮って、天使は眉間にちょっとしわを寄せ、こう続ける。

「だいたいね、命の恩人って言うけど、元はと言えば君が勝手な行動したのが原因じゃないか」

しかし、相手はさほど参った様子もなく、どころかこちらをきょとんと見上げていた。

その表情のまま、彼は不思議そうにこう尋ねてくる。

「アレ? そういうカオするってコトハ……ジャア、ヒト助けもキミの任務のウチだっタノ?」

「違うよ。パルテナ様からは、よそのことには干渉するなって言われてるんだから。……本当に、なんで君を助けたんだろう。パルテナ様の言う通りにしておけばよかった」

言っているうちにここまでの道中の苦労を思い出し、ピットは思わずため息をついてうなだれてしまった。

そんな彼の耳に、ややあって、感じ入ったようなマホロアの声が飛び込んできた。

「ナァルホド! そしたらキミは、自分の意志でボクを助けてクレタんダネ!」

訝しげに顔を上げ、ピットはほぼ反射的に「それは違う」と訂正しようとした。

だが、その言葉は喉の奥で引っ掛かり、立ち消えてしまう。

自分の意志じゃなければ、あの行動はなんだったと言うのだろう。

己の内面をじっと見つめるようにピットが考え込んでしまった横、マホロアはそんな彼の様子にはまるで気づいていない様子だった。自分の発見にすっかり感心してしまい、夢中で言葉を並べていた。

「ソウダヨ。キミの任務は手紙を配ルコト。なのニ、こんなにカヨワイボクを見捨てないでクレたのハ、ボクのコトをほっとけなかったからダ。……ソウソウ! あのデッカいヒトがイジワルして、ボクが牢屋に置いテかれソウにナッテタ時モ、キミが庇っテくれたンダヨネ。あの時はホ?ント助かったヨォ!」

そこで彼は、勢い込んでピットの方に向き直る。

「ネェ、キミの本心ハ? ホントにしたいことはドッチなノ? こんなボクじゃキミの足手まといにしかナラナイのニ、何度モ助けてくれルなんて……モチロン嬉しいケド、ボクからするとチョット不思議なんダ。もしかしたら、ホントにキミがやりたいコトハ……」

「別にやりたいことってわけじゃない。目の前に困ってる人がいたら、助けるのが当たり前だよ」

「ソレを当たり前ッテ言えるヒトは、なかなかイナイんダヨ。行動に移せるヒトはモット少なイ」

「何が言いたいの? 僕がお人好しだって?」

「チガウよ、キミほどリッパで心優しいヒトはイナイって、そう言いたかったンダ。そんなキミが、ボクの命のオンジンがそんな元気ナイ顔してルなんて、何かの間違いダヨ……」

心配そうなため息をつき、マホロアは、ほとんど無いような首を横に振る。

「原因は、アノ手紙なんデショ? 受け取っタあのヒト、なんだか深刻なカオしてタ。デモ、キミはそうなるのを分かってルみたいだったヨ。ってコトはつまリ……キミは今までモ、そういうカオを見てきタってコトだよネ?」

これに対し、ピットは答えようとしなかった。ただそっぽを向き、表情だけで不服を表していた。だが、何も言い返せないことが十分な答えになっていた。

マホロアは倉庫の天井を見上げて嘆息する。

「アァ……キット手紙の中にはトテモ悪い知らせガ……ショッキングなコトが書いてあるンダヨォ。じゃなきゃ、アンナニたくましいヒトがボーゼンとするワケないモン」

無視を決め込もうとしていたピットも、さすがに看過できずにこう言い返す。

「それでも彼らには、キーパーソンにはその報せが必要なんだ。パルテナ様は――」

そんな彼の言葉を遮るように、マホロアは真正面から天使を見据えた。

「ピット。ソレ、キミのコトバでそう言い切れル?」

そうして、彼は真剣な口調でこう言った。

「コレ以上、自分にウソをつくのは良くナイ。キミはココロの底では、こんな任務したくナイって思ってるハズ」

「じゃあ、君は……」

まだ眉間に不信のしわを寄せつつ、天使は注意深く尋ねる。

「僕が本心で、どんなことを望んでると思うの?」

「キミの言ウ、女神サマだヨ。そのヒトの助けになるコト、それを望んでル」

「なんだ、よく分かってるじゃないか。だったら僕が手紙を配るのも分かるよね。いくら僕に目的が分からなくても、それがパルテナ様の望むことなら、僕はそれに応えるつもりなんだよ」

だがそれを聞いたマホロアは、肩をすくめるような動作をしてみせた。

「分かってナイナァ?。キミは頼まれタことを、ナァ?ンニモ考えないでタダやるダケ? チガウよネ。ホントに助けになるのハ、言われてなくてモ、ジブンで考えテ、そのヒトのタメになる行動をするコト」

一丁前の口ぶりでそう言った彼は、そこでふとピットの肩口に注意を向けた。

「ソウソウ……そのバッジ、タブン女神サマからもらっタものジャナイよネ? 取り戻シタ時、ソンナ大事そうに扱ってナカッタ。……あっ、もしかしテ依頼人ってヒトから着けるヨウニ言われタのカナ?」

図星を言い当てられた驚きを表に出さないよう、ピットはわざとそっけなく言い返す。

「……だったらどうなの?」

彼の問いにすぐには答えず、相手は舞台の上で演説でもするかのように、その場でゆっくりと往復しながら語り始めた。

「ボクは今、ト?ッテモ反省シテルんダ。さっき、アクウ軍の方がヒーローかもナンテ言っちゃってタケド……とんだ見込ミ違イだったヨ。アイツラ、あっちこっちをバクダンでハカイしたり、センリョウしたりしてたんデショ? ヒーローなんかじゃナイ、ワルモノもワルモノ、大悪党だヨ!」

憤然と拳を握りしめる。

それからひらりと身を翻すと、天使の肩口の宝飾を指差した。

「ソコに来テ、キミのそのバッジ。キミがあのマッチョなヒトと話してタのを聞いちゃったんダケド、ソレのせいでキミがアクウ軍とナカマだって疑われタんだもんネ。それナノニ、キミはボクに、アクウ軍ってなんナノッテ聞いタ。ツマリ……キミは『なんちゃらキーパー』ってヒトから、アクウ軍についてナァンニモ、これっぽっちも説明をウケテないってコトだよネ? 聞けば聞くホド、なんだかアヤシイナァ、そのヒト。もしかしたラ、なんちゃらキーパーってヒト、ホントはアクウ軍の一員なのに、キミと女神サマにはそれを黙ってテルのかもネェ。『ミンナに危険が迫ってル』とかテキトーなコト言ってキミたちの注意を逸らしたリ、他のミンナにショッキングな手紙を渡させて、ミンナをメクラマシしてるノカモしれないヨ」

事実と推測を織り交ぜた、もっともらしい言説。それを荒唐無稽な空論と振り払うだけの自信を、根拠を、天使は持ち合わせていなかった。

マホロアの紡ぐ言葉を聞いているうちに、いつしかピットの表情からは、取り繕っていたよそよそしさが消えてしまっていた。

 

エンジェランドと呼ばれる国には、パルテナだけではなく、闇の女神、冥府の神、太陽神、自然王と、さまざまな神々が顕現している。神々はそれぞれの思惑のもとで時に手を組み、時にいがみあい、自らの軍勢や配下とする生き物を競わせている。

そんな群雄割拠の中で、配下のイカロス達はさほど強い戦士というわけでもないのに、光の女神はひとかどの勢力を保ち続けている。これには光の女神パルテナ自身と、その親衛隊隊長ピット、彼らの存在が大きいだろう。

神として奇跡という名の加護を与えるのみならず、古今東西の叡智に通じ、臨機応変に的確な指示をくだす光の女神。そして彼女の忠実なる眷属であり、女神のためならばどんなに強大な敵にも立ち向かう、勇猛果敢な天使。彼らがいてこそだと、神々やその眷属たちは口を揃えてそう言っている。

ピット自身は自分の実力を過剰に評価しているわけではないものの、少なくともエンジェランドの平和は、そして人間たちの繁栄は、女神によって保たれていると考えている。

そんな女神が、そして彼女の配下たる自分が――今はそのどちらもが、『エインシャント』と名乗る余所者のもたらした依頼に注力し、多大な時間と労力を割いている。エンジェランドを狙うのなら、今が絶好の機会だろう。

それに思い至ったとき、急に不安の波が押し寄せてきた。女神への通信が繋がらないことが、今になって恐ろしい兆しのように思えてきたのだ。

 

焦りと恐れに、宙を見据えたまま固まってしまった彼の傍らに、マホロアがそっと降り立つ。

「気持ちはワカルヨ。今頃キミの故郷はどうなっちゃってルのカナって心配なんだヨネ……? ボクもシバラク故郷に帰れてナイからサ、キミの不安な気持ちはとってもよくワカル。デモ諦めるのはマダ早いヨ、ピット! イマのうちにアクウ軍を追いかけテ、ヤッツケちゃえばイイんダヨ! ……とはいってモ、反乱軍にミカタするのはキミのシュミじゃないヨネ?」

そこで彼は片手を口のあるらしきあたりに寄せ、声をひそめてこう言った。

「実はネ、まだ言ってナカッタケド、このフネは反乱軍のモノじゃナイんダ。モトモトは、アクウカンを漂ってた難破船なんダッテ。今じゃガラの悪いエイリアンが我が物顔で使ってルケド、アイツラ、直す気もナイみたいだったヨネ? あっちこっちボロボロで、使われてナイところもあるし、主砲も壊れたまんまダッテ言うシ……せっかくのリッパなフネなのに、これじゃあカワイソウだナァ……ナラズモノに四六時中こき使われテ、このままじゃスクラップになっちゃウって、このフネも泣いてルヨォ」

マホロアの言葉が届いているのかどうか、天使は茫然と床の辺りを眺めている。

それに気づいたマホロアは、ほんのわずかに、苛立ったように目を細めた。だが気を取り直して、ピットの視界に無理やりに入り込むようにして前に出るとこう呼びかけた。

「ピット、キミも聞いたよネ? このフネはアクウカンを渡れル。確カ、アクウ軍はアクウカンに潜んでルんダヨネ? キミの故郷が襲ワレちゃう前に、悪イコト企んでるアイツラを追いかけてコテンパンにしたいナラ、このフネを手に入れルのがイチバンだヨ! このフネを正しく使えルのは反乱軍のヤツラじゃない、ボクとキミだけなんダ!」

それを聞いた天使の目に、意志が戻ってきた。

目の前に浮かぶ青いフード姿に、ややあって、胡散臭そうな眼差しを向ける。

「……なんだ。そういうこと?」

「な、なんのコトダィ?」

「とぼけてもムダだよ。上手いこと僕を乗せて船を奪おうって魂胆だったみたいだけど、そうはいかないからね。天使を騙そうなんて千年早いよ」

「騙そうナンテ考えてナイヨ! ボクはタダ、キミが思ってもないコトで疑われたリ、ツライ任務をさせラレてルのがカワイソウって思ったンダ。そんなに信じられナイなら、ボクの目を見テヨ!」

そう言って彼は、両の手で顔を指し示す。

だが、その懸命な思いは通じず、天使は振り向こうともしなかった。数分間粘ったものの、マホロアは彼の意志が覆りそうにないことを見て、明らかに気落ちした様子でため息をつく。そうして自分もピットの横に座り込み、つまらなさそうな様子でがらくたの山を眺めはじめた。

 

 

それから少しして、まだどこか浮かない顔をしていた天使は、どこからともなく例の着信音が聞こえてきて顔を上げる。

『ピット。聞こえているか』

「……うん。もしかして、もう出発?」

『いや、まだ待機だ』

何も用事がないのにスネークが通信を送るとは思えず、ピットは訝しげな面持ちで彼の次の言葉を待っていた。

『――無線なら、お前だけに話せると思ってな。……あのぬいぐるみはどうも信用ならない』

それから少しの間、言葉を探すような沈黙を置く。

やがて、低く落ち着いた中にも明るさのある声で、彼は話しはじめた。

『さっき、あんたは俺に、この船にいた理由は何かと聞いていたな。……端的に言えば、国からの依頼だ。俺はこの船の構成員を把握し、その目的を突き止め――そして、可能なら鎮圧するつもりだった』

世間話でもするような調子で言われた事実に、ピットはわずかに目を見開く。ようやくのことで、こう尋ねた。

「……それ、僕に話しても良いの?」

『当時は最高機密事項だったがな。今となっては機密でも何でもない』

どこか投げやりにも、また自嘲気味にも取れる声がそう答えた。それはまるで、何か当たり前のことに気づくことができなかった自分を笑っているようだった。

それから、彼はこう語り始める。

『ある時、俺の暮らしている国で、地震が頻繁に起こるようになった。震源は大陸を右往左往しながら、次第に一ヶ所に定まっていった。それも、それまで活断層の確認されていなかったような地域に。……「活断層」は分かるか?』

「なんとなくだけど。地震の源みたいなやつだよね」

『その理解で十分だ。その不審な揺れは、震度はそれほど大きくはなかったが、何しろそれが日に十数回も起きた。当然、それまで地震を経験したことの無かった住民たちは不安がり、地質学者も不審に思いながら調査に当たっていた。……だが原因が分からないまま、震度は徐々に大きく、震源は浅くなっていった。丸々一月もそれが続いた頃には、多くの住民が親戚や友人を頼って余所に避難し、引っ越しを渋っていた住民も、しまいには州の命令で避難を余儀なくされた。後には建物だけが残され、それも一つ、また一つと倒壊していった』

ピットがふと目を上げると、そこには暗がりの中、倉庫の端に追いやられたがらくたの堆積物があった。

スネークの語りと重なり、それがまるで、瓦礫になった街並みのように目に映っていた。

『入れ替わりで現地に入ってきたのが、政府直轄の専門家チームだった。すでに彼らは、これが自然現象ではないことに気づいていた。だが彼らも、良いところが無許可の人工地震実験、最悪でも反政府的な地下組織による核実験くらいしか想定していなかった。だから真相を突き止めたとき、そのあまりの不可解さに、担当科学者がノイローゼになって次々と辞めていったらしい』

そこで彼が首を横に振るような気配があって、一つため息が挟まれた。

『無理もない。レーダーに映った影一つで、人類が数千年にも渡って積み重ね、培ってきた森羅万象への理解をことごとく打ち砕かれたんだ。まさか地震の原因が“岩盤内部をまるで潜水艦のように自在に航行する巨大な未確認物体”、地底戦艦だったとは、誰も思ってもいなかったろう』

「地底戦艦……まさか、この船が?」

『ああ、その通りだ。今から思えば、亜空間が俺たちのいる実空間に接近し、両軍の撃ち合いの余波が地震として現れていたんだろう。だが当時、そんなことは誰も知る由が無かった。しまいに“地底戦艦”が浮上する気配を見せたというので、それを阻止しようと数々の計画が打ち立てられた。だが、ことごとく失敗した。……無理もない。こっちからアクセスするには地盤を掘るしかないからな。そしていよいよ湖に“未確認物体”が浮上するという段になって、急遽、俺に声が掛かった。あの船に潜入し、相手の技術レベルを測り、目的を突き止めろ、と。その依頼は言外に、相手が人類にとって未知の存在である可能性を含んでいた。だからだろう、誰にも見つからず、表沙汰になるのを防げ、と釘を刺された』

「表沙汰になったらまずかったの?」

『誤解を招くのさ。野次馬もそうだが、それ以上に“よそ”に見られるとな』

この言葉に少しの間考えを巡らせ、天使は合点が行ったように「あぁ」と呟く。

「……あの国はとんでもない秘密兵器を開発してるって? はぁ……人間っていつまで経っても変わらないんだね」

ピットは思わずため息をついた。

彼が思い出していたのは、エンジェランドの地上界でかつて起きた戦い。願いを叶えるという“タネ”を巡り、地上界の人間が互いに泥沼の争いを始めたときのこと。人間たちは、互いに相手の軍勢がタネを隠し持っていると思い込み、何としてでも奪おうと血眼になっていた。

実際には、タネはもうどこにも存在していなかった。人間たちは自分たちで勝手に疑心暗鬼に陥って、来る日も来る日も戦い続けていたのだった。

見た目や持ち合わせた知識から判断すると、スネークの住む場所の人間たちはエンジェランドの地上界よりも、いくらか文明が発達しているはずだ。それでも、人類は人類、性根はいつまでも同じということなのかもしれない。

「……それで、今もこの船が動いてるってことは――もしかして任務、失敗しちゃったの?」

『だったら俺はクビだな』

ピットの冗談に乗ってやり、そう返すスネーク。それから、こう言った。

『湖底に顔を出した戦艦。そこへの潜入に成功した直後、俺が何もしないうちに、この船は亜空間深部に潜航してしまった。国との通信も途絶えた。だから今、あっちがどうなっているのかも分からん。亜空砲戦艦によって大穴を開けられたはずの湖や、その地域一帯の状況さえも。俺はともかく、少なくとも船を表沙汰にしないという目標は達成されたと信じ、そう願うばかりだった。その後も俺は、船内に潜伏しつつ情報を集めていたが……それはほとんど個人的な目的だった。可能ならこの船を止める手段を見つけ、元の世界に帰ろうと思っていた』

あっさりと言われた口調の影、数々の過去形が暗に示すもの。

それに気づいてしまった時、ピットの思考は不意に流れを止めてしまう。

これまでにキーパーソンたちを前に何度も問おうとしたことを、踏み出そうとした一歩を前に、彼はしばらく躊躇っていた。

「……スネーク」

『どうした?』

「後悔してないよね、あの手紙を読んで」

無線の向こう側、ふっと男の笑う声が聞こえた。

『あんたが気にすることじゃない』

屈託のない声に、天使はかえって胸を締め付けられるような思いがした。

「でも……!」

急に苦しさが込み上げて、声が詰まる。

それでも喉を振り絞り、虚空に言葉を投げかける。

「今日の今日まで君が……自分が体を張って守ろうとした国が偽物だったなんて、知りたいわけがないよ……!」

『ピット』

冷静な声が遮った。

『俺は、すでに確定した過去を巻き戻すつもりはない』

それを聞いてもなお、ピットは何も言えずにいた。

しんと静まり返った空間に佇み、瓦礫の中、使い道のないがらくたに囲まれ、じっと口を引き結んでいた。

そんな彼を案じるように、少しして、相手の声が帰ってくる。

『今日、この日まで俺はこの船がどこかに出るたび、外に抜け出し、そこに俺の知る世界が無いことを確かめては船に戻る……そういう日々を繰り返していた。だが、あんたの手紙は“鍵”になった。出口のない悪夢から抜け出すための、たった一つの鍵だ』

 

 

 

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最終更新:2022-10-08

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