気まぐれ流れ星二次小説

星は夢を抱いて巡る

第5章 老いをもらたす者 ⑤

 

 

 

錯綜するパイレーツの波を、時には身を隠して切り抜け、時には強引に押し通り、四人は船内通路をひたすらに進み続けていた。

先頭を行くスネークがついに、足を止める。

後ろの三人もつられて彼の後ろで立ち止まるが、彼らの目に映ったのは他の扉とあまり変わるところのない、無機質な銀色の扉だった。

「おい、ここなのか――」

ファルコが問いかけようとした矢先、それが耳に入らなかったかのようにスネークが前に踏み出す。手にしたセキュリティカードを扉にかざすと、電子音と共に扉は難なく開いた。

 

その先の光景を目にした彼らは、思わずたじろいでしまった。

「なんだよこりゃ……」

ファルコが口の端を引きつらせ、呟く。

 

まるで、異星の巨大生物の腹を裂いて開き、のぞき込んだかのような光景。

まず目につくのは、青白く発光し、室内を網の目のように埋め尽くす脈管のような物体。それらに覆われ、垣間見えるのは黒鉄色を基調とした金属の塊たち。おそらくあれが動力機関だろう。

それらエンジンは室内の幾つもの階層に渡って並べられていたが、その全てに発光する管、金属とも結晶ともつかない物体が木の枝のように絡み付き、脈動しているのだった。

エンジンを宿主として取り込んだ、光る“脈管”。その管にはよく見ると流れがあり、部屋の奥に向かって辿れるようになっている。

その源をたどっていくと、白い蒸気の奥、何かぼんやりと輝く青い塊がゆっくりと拍動しているのが見えてきた。

 

「……あの奥だな」

そう言って、スネークが慎重に最初の一歩を踏み出した。ピットも何も言わずに共に進んでいく。

それに気が付き、ファルコも渋々ながらブラスターを構えなおし、二人についていった。

マホロアはというと、あまりの衝撃にすっかり固まってしまっており、三人が大方階段を降りかけていた頃にようやく我に返ると、慌てて彼らの後を追いかけていった。

 

 

階段を降り切って一番下の階層にたどり着くと、足首の辺りがひやりと冷気に包み込まれた。

迷わず先へと進むスネークとピットの後ろで、ファルコは訝しげな顔をして立ち止まる。

「……ここのエンジン、ほんとに動いてんのか?」

そう呟き、幾層にもわたって積み上げられた機械を見上げていた。

彼がそう疑いたくなるくらい、辺りは静かで、冷え切っていた。霧で見通しが悪い中、青白く発光する血管は床にも張り巡らされており、ファルコは何となく気味が悪くて、それを踏まないように最初の一歩を踏み出そうとする。

その脛に何かが取り付き、ファルコは思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。慌てて身をひねると、そこにくっついていたのはマホロアだった。

拍子抜けしたファルコは苛立ちと共にこう言ってやる。

「おどかすんじゃねぇ!」

「ボクを置いていかないデェ……!」

「んだよ、お前。ブルってんのかよ」

「キミだってビックリしてたデショ」

脛にひしとしがみつきながらも、マホロアはそんなことを言う。

「知らねぇな。……あ、ったく、お前のせいで俺まで遅れたじゃねぇか」

そう言ってファルコは、少し行った先でこちらを振り返り、待っている二人を追って走り始めた。マホロアもくっついたまま、一緒に運ばれていった。

 

機関室の最奥部。輝く脈管がたどり着く先には、ひときわ大きく、眩く輝く結晶体が鎮座していた。

位置からすれば、そこには元々はメインエンジンか、機関室を制御するための装置があったのだろう。だが今そこにあるのは、直視することさえ憚られるほどに強い光を放つ水色の物体。結晶のような見た目でありながらも心臓のようにゆっくりと脈打つそれは、果たして辺りのエンジンにエネルギーを与えているのか、それとも逆にエネルギーをかすめ取っているのか。

肌にまとわりつくような冷たい霧に包まれ、四人は距離を取ってその結晶体を眺めていた。

 

不意に、結晶体の表面にぼんやりと暗い部分が現れる。

それは見る見るうちに胴と頭、そして四肢を備え、ヒトの形を取ってにじみ出た。

 

「――お前達のことは、この船に入ってきた時からずっと“観て”いた」

 

女とも男ともつかない、中性的な声。その背景では、複数の響きが重なり合う。声は時折奇妙に歪み、時には不快感を覚えるほどの不協和音が交ざりこんだ。それは、人ならざる者が人の声を真似ているようだった。

「お前達は今までに拾われた者とも違う。この船にのさばっている大多数の微生物共とも違う」

それは堂々と、四人に向けてゆっくりと滑るように近づいてくる。霧の中から徐々に露わになっていくのは、両生類や爬虫類のように滑らかな光沢を放つ黒い甲殻、そして青白いバイザー。足がありながらもそのつま先は床に下ろされることなく、不可思議な力で宙に浮かんでいる。

シルエットだけを見ればサムスに似ているが、全身のあらゆるパーツをよく見ると、サムスよりも生き物めいた造形をしている。まるでそれは、本来全く別の生き物が形を変え、擬態した様を見ているかのようだった。

ピットが既視感に気を取られていると、その視界の横に影が差した。見ると、スネークがいつの間にか彼の前に出ている。

――どうして……

そこで初めて、黒い甲冑が自分たちではなく、“自分を”目掛けて一直線に向かってきていることに気が付いた。

スネークが下げたその手に銃を持ち、もう一方の腕でいつでも相手を掴めるように、低く身構えているにも関わらず、相手は躊躇する様子もなく直進してくる。

考えてみればあの“黒い甲冑”こそが、メインフロアへと進もうとした自分たちの針路を阻み、船外に放り出したのだ。目の前に現れたことを快く思っているはずがない。

話しかけ、こちらに敵意が無いことを示すべきか、そう考えていた矢先だった。

「一言で言うのなら――」

一瞬のうちに、甲冑の姿が掻き消えた。

遅れてスネークが察知し、振り返った先、ピットの目前に黒い甲冑が出現する。

「――“奴ら”に近い」

その言葉と共に、気づけばピットはその頭を、黒い左手で鷲掴みにされていた。

視界に青白い光が弾け、強い眩暈が襲う。

しかし、その一瞬でそれは収まり、我に返ったときには頭はすでに放されていた。まだ足元が覚束ないまま、ふらふらと後ろによろめきかけると、その背を誰かに受け止められた。

「おいっ、しっかりしろ!」

ファルコの声だ。

何が起こったのか自分でも分からず、呆然と前を眺めていると、黒い甲冑は放した左手をそのまま自分の顔の前に掲げた。

「実に、興味深い」

「何をした」

スネークが鋭く問いかける。しかし相手は彼の方を振り返り、落ち着き払ってこう答える。

「別に危害は加えていない。よく見ろ」

ピットはすでに自分の足で立てるようになっていた。ファルコの支えから身を起こし、スネークに向けて片手を振ってみせる。

「大丈夫。一瞬クラッと来たけど……」

黒い甲冑は、鼻で笑うような声を立てた。

「言った通りだろう? あの程度でやられるようなら、そもそもお前達はこの部屋に入ることすらできないはずだからな」

そう言って指し示したのは、通路にのさばる青白い脈管。気づかないうちにそれを踏んでしまっていたファルコは、急いで後ずさった。マホロアも、元々浮かんでいるにも関わらず脈管を遠巻きに避けて安全地帯に逃げる。それを、黒い甲冑はどことなく呆れた様子で眺める。

「お前たちには無害だと言っているのに」

それから、ピットに向き直った。

「――さて。私に何の用だ」

 

黒い甲冑――ダークサムスの姿を目で捉えたときの既視感は外れておらず、ダークサムスにもまたキーパーソンとして手紙が割り当たっていた。なかなか明らかにならなかった最後の一通は、機関室に棲む存在に宛てられたものだったのだ。

手紙を左の手で持ち、ダークサムスはしばらく黙って文面を読み進めていた。その表情は読み取りがたく、ピットはいつしか固唾をのんで相手の顔を凝視していた。青白いバイザーの奥に本当の顔があるという保証もないのだが、わずかな光の加減で見えないだろうか、と淡い希望を抱いていたのだ。

だが、ついに見えないまま、ダークサムスは手紙を読み終えてしまったようだ。

わずかな間を置いて、その肩が笑うように震える。聞こえてきた失笑は、ごく微かながら生き物らしさを感じさせる仕草だった。

「滑稽だな。今に至る雌伏の時は、全くの無駄だったというわけか」

少なくともその声音からは敵意や怒りは感じられない。幾分安堵し、ピットは自分たちへの協力を頼みこもうとした。

しかし、そこでふとダークサムスは顔を上げ、虚空を凝視する。

「ほう、派手にやっているようだな」

興味を引かれた様子で、そう呟いた。

それからピットに顔を向け、こう告げる。

「――生きているうちに手紙を渡したいのなら、止めに入った方が良い」

「え、それってどういう……」

目を瞬いていたピットの後ろで、ファルコが通信に応答する声がした。間もなく、フォックスの切迫した声が聞こえてくる。

『サムスだ! 今、共用区画にいるんだが、コウモリみたいな翼の……あいつはおそらく、リドリーだ、そいつと戦ってる!』

通信の向こう側では激しい戦闘を窺わせる音が続いていた。爆発音、怒りに満ちたリドリーの叫び声、荒々しく金属がぶつかる音。

なぜ亜空軍と戦っていたはずのリドリーが船内に戻ってきたのだろうか。まさか、船内に残ったパイレーツだけではサムスを止められず、ガノンドロフの命令で帰還させられたのだろうか。

ピットははっと目を見開くとファルコの通信機器に目掛けてこう言った。

「フォックス、リドリーを説得して! 僕らが戦う必要は無いんだって!」

通信の向こう側、フォックスは珍しく、一瞬返答に詰まった。それほどの死闘が繰り広げられているのだろうか。

『……分かった。やるだけやってみる!』

すぐさま駆け出て行く音が聞こえ、爆発と破壊の音がますます大きくなっていく。やがてノイズでほとんど音声が聞こえなくなる中、フォックスの呼びかける声がした。

一瞬の静寂が訪れるも、出し抜けに、耳をつんざくような咆哮が聞こえた。よほどの音量だったのだろう、それを耳元で聞く羽目になったファルコが顔をしかめ、肩をすぼめる。

通信機器の向こうで再び激しい衝撃音が続いたかと思うと、しばらくして音は遠ざかり、フォックスの声が再び聞こえてきた。

『――すまない。サムスがこっちに気を取られた隙に、リドリーが……』

そこでため息を挟み、彼はこう続けた。

『リドリーを追って、サムスも船尾方向に向かったようだ。大した火消しにはなれなさそうだが、俺もそっちに向かう』

 

 

スネークを先導として、ピット、ファルコは再び船内をひた走っていた。マホロアはというと、ピットの片腕にしっかりと抱えられていた。脱走しないようにきつく抱え込まれたために、ピットの腕輪に押され、マホロアは心なしかひしゃげてしまっていた。

「チョット! 苦しいヨ、息ガできないッテバァ!」

そう言ってピットの腕や肩を両手でぺしぺしと叩いている。だが台詞の割に声は全然苦しそうではなく、単純にこの扱いに憤慨しているだけのようだ。ピットの方はというと通路の先から聞こえてくる物音に全神経を集中させており、マホロアの声はほとんど意識に届いていなかった。

彼の意識を占めていたのは、通路に乱雑に響き渡る爆音。金属の板に何かが叩きつけられ、凹む音。そして嗜虐の興奮に満ちた叫び声。

彼らが走っていく先、狂乱の源が刻一刻と近づきつつあったのだ。

 

数分ほど前、機関室にて。

この戦艦の“監視役”を担っていたダークサムスなら、リドリーが向かう先も分かるに違いない。そう考えたピットが真っ先に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

『考えてもみろ。奴の図体にあの翼、こんな狭い船では活かせるところなどそうそうありはしない』

それから、黒い甲冑は親指でスネークの方を指して見せた。

『奴に聞けばどうだ? 何が面白いのか、この船を随分長いこと熱心に調べていたようだからな』

スネークはこの言葉に、わずかに顔をしかめた。この船に張り巡らされた“何者か”の感覚で感知されていることはとうに分かっていたとはいえ、彼からすれば命懸けで潜伏と調査を続けていたのを、お粗末なかくれんぼだと揶揄されたようなものだったのだろう。

『はっきり言ったらどうなんだ。あんたの“神経”が行き届いていない場所もあると』

『届かせられなかったのではない。常に届かせるほどの興味を引かれなかっただけだ』

表情の見えない顔ながら、ダークサムスは平然としてそう言い切った。

それ以上は取り合わず、スネークはため息をつくとピット、ファルコに向き直る。

『――機関室からそれほど離れていない場所に、“廃工場”と名付けた区画がある。放置された区画であり、俺が拠点としていた場所の一つだ。天井までは数階層分の高さがあり、単純な広さで言えば、おそらくこの戦艦内のどこよりも広い。フォックスが言っていた行き先、船尾方向というのにも合致する。放置された装置やパイプで見通しは悪いが、相手を翻弄しつつ戦うには最適だろう』

 

見上げるほどの丈があるシャッター扉は全開になっており、その先に見えてきた空間の広さを見た天使は、自分の目が信じられず、すっかり呆気に取られて扉の向こう側を眺めていた。

まるで人工物で出来た森のようだ。目線の高さには大小さまざまな装置が置かれ、それらから伸びあがったパイプは、天井にわだかまる暗がりの中で互いに絡み合いながら溶け込んでいた。

だんだんと近づいてくる廃工場を眺めていたピットは、スネークに向けて思わずこう言っていた。

「こんな広い場所が放置されてたなんて、信じられないんだけど……?!」

その声がほとんど叫ぶようになっているのは、辺りには“廃工場”内で幾度も反射した騒音が割れんばかりに響いていたためだった。相手も走りながらも、大きな声でこう返す。

「確かにあんたの言う通りだ! 特にリドリーみたいに下剋上を狙っているような奴なら、自分のシンパを集めるアジトにしてたっておかしくない。だがそれができなかった理由があるんだろう」

まるでその会話を聞いていたかのように、開かれた門の向こう、暗闇の中から耳をつんざくような叫び声が駆け抜け、辺りの空気をびりびりと揺らす。顔をしかめていたファルコは、残響が収まってきたところで他の二人にこう言った。

「おおかた監視されてたんだな? さっきのダークサムスってのに!」

「ああ。そしてそれは反乱軍全体についても言える! 元は海賊という連中が、その区画が手入れされていないというだけで全く立ち入らないのは不自然だ。入らないのではなく、入れない、入りたがらないというのが正しいだろう」

それを聞いたピットは、ふと眉間にしわを寄せてこう尋ねる。

「でもさ! ダークサムスが直接何かしてた感じでもないんじゃない?」

「あいつは単に、『管轄外の場所に出た奴がいる』と報告していただけだろうな。反乱軍に対して、それ以上の興味や関心を持つようには見えない。そうして処罰を命じていたのはおそらく――」

言われなかったその先を汲み取り、ファルコはにやりと笑う。

「へっ! やってること見りゃほとんど独裁者じゃねぇか。“救世主”が聞いて呆れるな!」

 

やがて彼らは開かれたゲートをくぐり、鋼鉄の樹海の中へと飛び込んでいく。

見上げた天井は薄暗い闇に紛れ、ぼんやりと配管がめぐらされているということしか分からない。あたりには人の背丈を超える装置が迷路のように乱立していて見通しは悪かったが、あの二人が今どのあたりで戦っているのかは、探さずともすぐに分かった。

折しも爆音が鳴り響き、ぱっと火を焚いたように行く手が橙色に照らし出される。また、唸り声に続いて熱風が巻き起こり、天井までを焦がすような炎が立ち昇る。

鈍い打撃の応酬、電撃が爆ぜる鋭い音がこだまし、しまいに何か重いものが飛んでいくように風が低く唸ったかと思うと、騒々しい衝突音が空気を揺さぶる。

圧倒的な質と量。これが本当に、たった二人の為せる戦いなのだろうか。

 

錆びついた操作盤の迷路を抜けていった先、出し抜けに視界が開ける。

そのまま飛び込んでいこうとしたピットは、空いたほうの腕を後ろから引っ張られてたたらを踏む。

「戻れ!」

背中でスネークの声が言ったかと思うと、目の前、工場の景色が鮮烈な白と黒に燃え上がる。

間髪置かずに熱を帯びた突風が吹き荒れ、ピットは押し戻されるようにして後ろに倒れこんでしまった。右腕から悲鳴が聞こえ、そこで初めて、マホロアを抱えたままだったことに気が付く。

「もう、カンベンしてヨ! ボクはクッションじゃないんダヨ?!」

しかしピットはただ唖然として前を見ており、彼の声は耳に届いていなかった。

天使の見る先、そこには地獄もかくやと言うほどの光景が広がっていたのだ。

地上には燃え盛る炎があった。そこら中に、見るも無残に破壊された機械の数々が転がり、黒く焦げ付いていた。

天井から垂れ下がるパイプラインもあちこちが折り取られ、鋭い断面をさらしている。方々に張り巡らされていた電線は乱雑に切断され、耳障りな音と共に青白い電光をまき散らしていた。

視線を戸惑わせ、辺りを見渡していたピットの目が、ふと動くものを捉えた。

決して足場が良いとは言えない鋼鉄の焼け野原。荒れ狂う炎の草原をものともせずに駆け抜ける影があった。あるところで立ち止まり、頭上の一点を目掛けて右腕を真っ直ぐに伸ばし、構える。

その先、鉄の茨をかいくぐり、嘲笑うかのようにひらりひらりと飛び回るもう一つの影がいた。人の背丈を優に超える巨体ながら、彼は複雑に絡み合う配管を巧妙にくぐり抜けていく。地上の人影が放つ攻撃は悉く配管に遮られ、なかなか当たる様子が無い。

苦戦しているうちに、相手は雄叫びを響かせて、いきなり地上を目掛けて急降下する。槍のように突き出された尾の先、刃物のような鋭さが炎を反射してぎらりと閃く。

対し、地上の戦士は後ずさるような動作と共に身をかがめ、炎の中に姿を消してしまう。

リドリーは苛立ちもあらわに、翼をはためかせて滞空しながらも尻尾を振り回し、長い首をめぐらせて相手の姿を探し、地上のあちこちを串刺しにしていた。相手に当たった様子は無いようだ。それにしても、身をかがめた状態で、果たしてあんなに素早く動けるものだろうか。

悪態を付くような調子で何か異星の言葉を吐き、リドリーは右足を大きく開いて炎の中に突っ込む。やがて引き上げられたその足には、何か丸いものがきつく握りしめられていた。

あたりに、金属をこすり合わせるように軋む音が響く。

その球体が橙色の表面を持つことに気づき、ファルコがはたと前に踏み出す。

「――おいっ、あいつは!」

しかしその矢先、球体を起点に爆発が巻き起こる。怯んだリドリーは球体を取り落とし、翼を一つはためかせて天井付近へと退避していった。

落ちていく球体は途中で変形し、橙色の甲冑、サムスが姿を現す。

体勢を立て直したばかりのサムスを目掛け、天井にわだかまる闇の中から燃え盛る炎の弾が雨あられと降り注ぐが、暗闇を見通す力でもあるのだろうか、有翼の死神がいる場所を瞬時に割り出し、攻撃を見定めた上で避けていた。

瓦礫を軽々と飛び越え、炎の中を勇猛果敢に駆け抜けていく橙色の甲冑。

その動きを見ていたスネークが、はっとして呟く。

「あいつ……まさか」

何に気づいたのだろうか、ピットとファルコが揃って彼の方を振り向く。

二人の視線が向けられていることに気付かぬまま、彼はこう独りごちた。

「女か」

まるで重大な発見をしたかのように呟かれたその言葉に、ピット達はポカンと口を開ける。

「えっ?」「あぁ?」

依然として真剣な表情のまま、彼は二人に向き直るとこう言った。

「見て分からないか、あの動き。戦い方は相当熟練しているが、それでも女性らしさってのはどこかに出るものだ」

ややあって、ファルコが訝しげに目を細める。

「……だからどうだって言うんだ? 俺らで出て行って、『お嬢さん、危ないからここは俺達に任せてお逃げください』って声でも掛ければ良いのか?」

ピットはそれにこう返す。

「まあ、その必要は無さそうだよね。むしろ加勢したいくらいだけど、あの様子じゃなぁ……」

二人の後ろ、スネークは依然として真剣そのものの眼差しを向こうにむけ、こんなことを呟いていた。

「あの冷たい外殻の向こう側、俺は見たことがあるんだろうか……」

三者三様の視線が向けられる中、戦闘はますます激しく、エスカレートしていく。

リドリーはなかなか降りてくる様子がなく、天井に鬱蒼と生い茂る鋼鉄の枝葉を盾として、地上の戦士を嘲るように飛び回っていた。サムスに飛翔の手段が無いことを知っているのだ。

時折わざと開けた場所に飛び出したり、背後からいきなり急降下して奇襲をかけたり、相手の焦りを誘うかのような戦い方だったが、対するサムスは決してペースを崩さず、僅かな隙を逃さずにミサイルを撃ち放っていた。

ついに横腹に手痛い一撃を食らったリドリーは苛立ちの唸り声をあげ、一旦廃工場の奥まで引き下がっていった。

すぐさま追いかけようとしたサムス、しかしその足がはたと立ち止まって――一瞬の後、彼女は後ろに飛びすさり、ほとんど同時に何か大きな物体が墜落してきた。

廃工場のどこからかもぎ取られてきたスクラップ、それは一つだけでは収まらず、廃工場の暗闇を突き破って次から次へと降り注ぐ。回避に専念するサムスを目掛け、スクラップに入り混じって炎の弾までもが叩き込まれていく。

飛来する障害物に視界を遮られ、サムスは炎を避けきれず、徐々に押され始める。

じりじりと後退していく彼女を目掛け、追い詰めるように瓦礫が飛んでいく。思わず立ち上がり、加勢に向かいかけた三人だったが、彼らの見る前で新たな動きがあった。

操作盤の壁まで追いやられた甲冑、頭を上向かせ、彼方の闇をじっと見据えていた。

そこには、再び広場の手前まで戻ってきたリドリーの姿があった。装置の上に陣取り、闇に溶け込む紫色の巨躯は、その両腕で箱型の大きな機械を持ち上げていた。鋭い歯を見せ、サディスティックな笑みを見せつける。

これをただ見上げるばかりと思われたサムスだったが、やにわに、横へと受け身を取る。一瞬遅れて、箱型の機械が投げ込まれ、操作盤にぶつかって騒々しい音を立てた。

気づけば、彼女の後を追って投げ入れられたスクラップは山をなし、天井のパイプに届かんばかりに積み上がっていた。

彼女は着地するや否や、そのまま猛然と走り出し、がらくたの山を次々に飛び移る。跳躍の頂点で右腕のアームキャノンから光る鞭を放ち、頭上の配管を掴んで自らの身体を引き上げる。そして甲冑は鋼鉄の枝絡み合う空間に消え、炎とプラズマ、爆発の応酬が再び始まった。

 

ピット達三人は、何も言えずに頭上の騒乱を見上げていた。

そんな彼らの真ん中で、とうとう我慢の限界を迎えたマホロアが泣き言を口にする。

「ねぇぇ、モウ帰ろうヨォ~! ドコからドウ見たって、コンナノ相手にシテル場合じゃナイデショ~?!」

「君に用がなくても、僕にはあるの! リドリーには絶対この手紙を渡さなきゃ。そうすればたぶん、彼も……いいや、きっと!」

ピットはそう言ったが、それは半ば、この死闘を前にし、そこにこれから飛び込んでいかねばならない自分を奮い立たせるための言葉だった。

しかし、これを聞きつけたファルコは口の片端を引きつらせてこう訊く。

「って言ったってよぉ、何かアイツを止める手は考えてるんだろうな?」

ブラスターを片手に操作盤の陰に背を預けている彼を見上げ、ピットはこう答えた。

「無いけど、僕らがいれば良い案がきっと出るよ。ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うでしょ」

彼の背後に身をかがめていたスネークが、ふと訝しげに顔を上げる。

逡巡の末、天使の背に問いかけた。

「……ピット、あんた一体どこの出身なんだ。そいつは日本のことわざだぞ」

「どこって、エンジェランドだよ」

そう言ってピットは振り返り、こう続けた。

「ことわざに国境なんて無いでしょ。どんなに離れたところで暮らす人間でも、よく似た言い伝えを持ってたりするじゃない」

「いや、そういう問題か……?」

当惑に眉をひそめる彼をよそに、ピットの腕に抱えられたマホロアが何の前触れも無く会話に割り込んできた。

「ネェネェ、ピット。今“三人”って言ったヨネ。ボクは? 当然ボクも入れてル数字だよネェ?」

これを聞き、呆れ顔でファルコが言いやる。

「逆に聞くが、なんでお前が入ってると思ったんだ。なんか良いアイディアでもあんのかよ。言っとくが、『ここを出る』ってのは無しだからな」

先手を指されてしまい、マホロアは心底不服そうな表情になって黙り込んでしまった。

 

そんなことを言い合っている四人の後ろで、ひときわ大きな衝突音が鳴り響く。

振り返った向こう側、暗い天井からリドリーが翼を大きく羽ばたかせ、ゆっくりと広間上空に降りてくる。彼が睨みつける地上、揺れる炎の向こう側に微かに、サムスのシルエットが垣間見える。床に手を付き、何とか立ち上がろうとする彼女の姿。

それを悠々と見下ろしていたリドリーは、やがて勝ち誇ったような声を上げ、大きく息を吸い込む。その口の端に炎が漏れ出たかと思うと、彼はまるで唾を吐くがごとく、地上目掛けて巨大な火球を吐き掛けた。

助けに行く猶予も無く、ピット達は咄嗟に物陰に飛び込み、伏せる。直後、耳を聾するような轟音が鳴り響き、頭上を熱風が吹き抜けていった。

辺りの熱気が静まるのも待たず、ピットは急いで立ち上がり、広場の方に目を凝らす。

先ほどまで広場に堆積していたスクラップの山は、もうどこにも無くなっていた。先ほどの火球で吹き飛ばされたらしく、黒く焦げたタイルがすっかり露わになっている。

橙色の甲冑がいない。慌てて辺りを見回していたピットは、ふと視線を上に向ける。広間の上で滞空していたリドリーが、妙にふらついていることに気づいたのだ。彼が気にする背後をよく見ると、いつの間にかその背にサムスが掴まり、右腕の銃口を彼の頭に向けていた。

閃光、ついで爆発。

至近距離で撃ち放たれたミサイルをまともに顔の横に受け、リドリーが吹き飛ばされる。無様に墜落した彼だったが、まだ余力を残しているらしく、意外と早く立ち直ると身を起こし、頭の横に手をやって顔をしかめていた。先に着地していたサムスがなおもアームキャノンを構え、次弾を撃とうとしているのに気が付くと、憎しみを露わにして唸る。立ち上がるまでもなく息を吸い込むと、鋭い火炎を吹き掛け、彼女を牽制してしまった。

サムスがやむを得ず後退する中、リドリーはゆっくりと立ち上がろうとする。その表情には、もはや嘲るような笑いは無く、いつしか冷酷な怒りが現れていた。

ここからは遊びではない。全力で、相手を殺しに掛かる。そんな顔付きだった。

 

それを見て取ったピットの目に、やがて一つの決意が灯る。

 

バリケード代わりにしていた操作盤から駆け出て、まっすぐに広場へ、焦げ臭い空気を突っ切って飛び込んでいく。

その腕に抱えられたままのマホロアが悲鳴交じりに叫んだ。

「チョ、チョット! 何考えてルノ?! ボクを巻き込まないデ――」

だがピットは全く足を止める様子もなく、リドリーとサムスの間に向かって走っていく。

真っ直ぐな意志を込めた眼差しで前を見据え、彼は言い切った。

「元の場所に帰りたいなら――何でも良い、リドリーを止めて!」

「ホントにナンデモ良いんダネェ?!」

ピットの揺るぎない勢いに飲まれたか、マホロアは半ば自棄になりながらも身を丸め、力を蓄え始めた。

 

天使ががむしゃらに走っていく後ろ、取り残されたスネークとファルコは口々にこう叫んでいた。

「無茶だ、戻れ!」

「バカ野郎! 何考えてんだ!」

彼らが一心に見つめる向こう側、リドリーも天使の存在に気が付いた。胡乱な視線を彼に向けるも、ふと、何かを思いついたかのようにその口角がつり上がる。

彼の思惑に気が付き、ファルコがはっと息をのむ。

「あいつ……まさか人質に取ろうってんじゃ――」

その横でスネークが立ち上がった。

手にした小型の武器、そのピンを素早く引き抜くと、振りかぶって投擲する。

それは数十メートルもの距離を跳び越えて、折しもサムスから矛先を変え、ピット目掛けて飛びかかろうとしていたリドリー、その眉間に寸分違わず着弾し、眩い閃光と共に爆発する。

視覚を奪われ、苦悶の声を上げて顔面を覆うリドリー。

それを見届けたスネークは、誇ることもせず、わずかに安堵の調子で息をついたのみ。だが、隣でこれを見ていたファルコは自分の目が信じられず、ややあって呆れたようにかぶりを振るとこう呟いた。

「……ったく、ここにはバケモンしかいねぇのか?」

 

そんなやり取りが背後で行われていることはつゆ知らず、味方の援護を受けたピットはついにリドリーの近くにまでたどり着く。彼の右腕に抱えられ、エネルギーを蓄えていたマホロアがぱちりと目を開き、ピットに告げる。

「――止まッテ! 巻き込まレたくなかっタラネ!」

急いでその場に立ち止まり、身構えるピット。

その右腕で、マホロアが前に向けてその両手を構えた。

彼らの見つめる先、リドリーが不意にがくりと姿勢を崩した。その身がゆっくりと、一方向に引っ張られていく。

見ると、彼の足元に星型の“空間の穴”が出現していた。あたりに残っていた瓦礫が次々に引き寄せられ、虚空に吸い込まれていく。引力はピットの元にも到達し、彼はつんのめりかけてたたらを踏んだ。

「何やってルノ?! 早ク戻っテ! ボクは何トモなくてモ、キミは吸い込まレちゃうンダヨ?!」

マホロアからせっつかれ、ピットは足を引きはがすようにして踵を返し、元来た道を走っていこうとする。

そうしつつもこう言い返すのは忘れなかった。

「だって君、さっき止まってって言ったじゃない!」

いくらか走ったところで全身を引っ張るような力は徐々に薄れ、ピットは安全圏に到達したと判断して再び振り返る。

その目がはたと見開かれた。

リドリーの姿はいつの間にか、闇を湛える星型の穴から少し離れたところにあった。彼もまた、渦巻く引力から逃れようとして、床を爪でえぐりながらもじりじりと這って遠ざかろうとしている。それに気が付いたマホロアは、恐れをなして震えていた。

「アイツ……! ダメだ、タフすぎて吸イ込ミきれないヨ!」

しかし、そんなリドリーを目掛けて一直線に、引力の中心へと駆け込んでいく影があった。

いつの間にか紫色を基調としたスーツに換装したサムス。彼女は星型のブラックホールの引力をものともせず、そのすぐ傍を突っ切ってリドリーの元へとたどり着く。無防備に伸ばされた長い尾、それを片手でしっかりと掴み、アームキャノンに巻きつけて手繰り寄せようとする。

急に尻尾を引っ張られたリドリーは驚愕の声を上げて振り向き、それがサムスであることに気づくと、物凄い形相で唸り声を上げた。

だが、彼がそれ以上の対抗手段に打って出るよりも先に、サムスが動く。

腰を落とし、両足でしっかりと床を踏みしめると、リドリーの尾を引き寄せる。リドリーも負けじと床に爪を立てて前に進もうとするが――

執念か、力量差か、それとも火事場の馬鹿力か。ほんの一瞬の均衡を経て、ついにリドリーの全身がぐらり、と後ろに引っ張られる。爪が床から離れ、たちまちのうちにミニブラックホールの引力に捕らわれて飛び込んで来る紫色の巨躯。サムスはその勢いをいなし、ブラックホールを支点として半周させるように振り回すと、思い切り投擲した。

リドリーの身体は砲丸投げの球のような勢いで宙をすっ飛んでいき、壊れた機械の隊列を幾つもなぎ倒し、配管をへし折ってもなおその勢いは止まらず、ついに廃工場の壁に衝突する。暗がりの向こう、壁に凹んだ跡を残し、彼は力なく床にずり落ちる。

「信じられねぇ……」

声がして振り返ると、ファルコとスネークがそばまで来ていた。

唖然としているファルコ。同じ方角を眺めるスネークも、自分の目を疑う様子で眉間にしわを寄せていた。

「引力で加速させ、スイングバイで軌道を曲げたのか……?」

 

鋼鉄のスクラップに半ばうずもれ、頭さえ上げることもできずに呻いているリドリー。

彼の元に、辺りの金属片を踏みしだきながら足音が近づいてくる。やがてそれは橙色の甲冑の姿をとり、容赦なく、リドリーの首を踏みつけた。見開かれた彼の目の見る先、アームキャノンの銃口がぴたりと据えられている。

「――待って、サムス!」

背後で声が響く。サムスは動きを止めたが、振り返ることはしなかった。それを認め、リドリーは苛立たしげに舌打ちする。

 

首は解放されたものの、依然としてスーパーミサイルを充填した銃口を顔に向けられたまま、リドリーは心底不機嫌そうな顔をしつつも、寝転がった状態で手紙を読んでいた。

だが、少しも読み進めないうちにその目を愕然と見開く。やにわに起き上がり、辺り一帯に怒りの咆哮を響かせた。そしてそのまま、ピット達もサムスさえも眼中に無い様子で、荒々しくスクラップを蹴散らしながら立ち去っていく。

彼が向かう先、廃工場の搬出入口にはいつの間にか人垣ができていた。甲殻類のエイリアン達は、かつてのトップを前に、おずおずと銃口を向けていた。

その様子を見たピット達は、ダークサムスから“上”に報告が行ったのだろうと気が付く。

リドリーは立ち止まるような素振りすら見せずに歩いていく。おそらく連行する側であろう反乱軍構成員たちの方が怖気づいて、何人か後ずさりまでしていた。そんな彼らの目の前まで辿り着き、リドリーは仁王立ちになるとパイレーツ達を見おろした。

異星の言葉で何事か語り、腕を横に払う。二言三言どころで終わらないその様子からすると、単に退けと言っているよりは、何かを告げているようにも見えた。パイレーツ達はおどおどと互いに顔を見合わせ、行動をためらっている。

彼らの煮え切らない態度に、ついにリドリーの堪忍袋の緒が切れた。

いきなり、目の前に突っ立っていたパイレーツを頭から掴み、持ち上げると、付近の機械目掛けて乱暴に放り投げる。哀れな犠牲者は、機械の剥き出しになった配線に触れてしまい、ひときわ大きなスパークの音と共に弾かれ、力なく倒れ伏す。これを見た他のエイリアン達は慌てて銃を構えるが、構えた銃ごとその腕をリドリーの尾で薙ぎ払われ、撃つこと叶わず銃を取り落としてしまった。

憤怒の混じった一声に、パイレーツは慌てて姿勢を正し、ようやく銃を下ろす。そしてリドリーはそのまま、部下を従えて通路の向こうへと去っていった。

 

彼らの足音が遠ざかっていく中、最初に声を発したのはピットだった。

「……とりあえず、一件落着で良いのかな」

先ほどまでの騒乱が嘘のように、すっかり静まり返った廃工場に自分の声が淡く反響する中、彼はふと気づいて隣のサムスに向き直る。

「そうだ。サムス、リドリーを捕まえてくれてありがとう! あの様子じゃ、僕らだけだったらきっと、手紙を渡すことなんてできなかったよ」

「手紙……?」

ヘルメットがわずかに傾ぎ、黄緑色に輝くバイザーの向こうから訝しげな声が聞こえる。落ち着いたアルト。確かにそれは女性の声だった。

「あれ……そういうわけじゃなかったの? てっきり、君も手紙を読んで、僕に協力してくれてたんだと……」

サムスからの返答はなく、彼女の怪訝そうな沈黙に、ピットははたと気づく。彼女がリドリーと戦っていたのは、捕縛が目的ではなかった。捕まえるだけでは済まさない、さらに踏み込んだことを目的としていたのだ。

『生きているうちに手紙を渡したいのなら』

ダークサムスが言った言葉は比喩表現ではなく、文字通りの意味だった。

ここで繰り広げられていた物事の深刻さにようやく思い至り、ピットはさっと青ざめる。

再び見上げた先、サムスはいつの間にかピットが渡した手紙を手に取っていた。その封は開けられていない。どうやら受け取りはしたものの、ここまで読む余裕もなく行動していたらしい。

彼女は手紙をアームキャノンの側面に挟むと、金属に包まれた指で器用に封を開け、手紙を取り出して片手で広げた。

しばらく静かに読み進めていた様子だったが、不意に、その手に緊張が走る。バイザーの向こう側で息をのむような声がした。

少しの間、硬直したように動かなくなっていた彼女だったが、やがて気落ちした様子で左手を下げ、廃工場の何処かへと視線を落とす。

「――私は一体……今まで何を見ていたんだ」

自責の念に満ちた言葉を、低くつぶやく。

ピットは何か声を掛けようとして、できない自分に気が付く。自分は、彼女の手紙に何が書いてあるのかを知らない。今まで彼女が見てきた世界を知らない。リドリーに対して、どれほどの確執を抱いていたのかも知らなかった。

わずかに顔を俯かせていたピット。彼の目に、ふと何かがよぎる。

――なのに『僕は彼らを知っている』って、本当に……本当に、言い切れるんだろうか?

球体に封じ込められた無数の世界、互いが知り合いだという“偽の記憶”、全てを見下ろす亜空軍の首領、自分の名前を呼ぶ見知らぬ顔ぶれ。

幾つものエリアを渡り、多くの人々と出会い、話し、そして共に歩いてもなお一向に思い出せない、“友人たち”との記憶。

様々な思いが一気に押し寄せ、対立しあい、全てが真っ白に塗り込められそうになる。

「皆、大丈夫か?!」

廃工場にフォックスの声が響き、ピットは現実に引き戻される。

ファルコが搬出入口を振り返ってこう声を掛けた。

「おう。あんたが遅れるなんて珍しいな」

「俺の足じゃ追いつけなかったんだ。……さっきリドリーとすれ違ったが、手紙を持ってたところを見ると、無事に渡せたみたいだな」

「そうだ。あいつ、どこに向かってたか分かるか? 完全に頭に来たって感じだったんだが」

ファルコの問いかけに記憶を呼び起こし、フォックスは考え込む。

「……そうだな、ここから真っすぐ戻った先に広い通路があるが、確かそこを直進していったはずだ」

これを聞いたスネークが、はたと眉根を寄せた。

「中央通路――まさか、艦橋に向かっているのか?」

「そうか、もしかしたらここが『エリア』だと、自分が騙されていたと知って、それで反乱軍のトップに復讐するつもりか……」

真剣な表情で呟くフォックス。ファルコはため息をついて肩をすくめた。

「やれやれ。一難去ってまた一難だな」

それから天使の方を振り返り、声をかける。

「おい、ピット。行くんだろ?」

名前を呼ばれ、ピットはほとんど反射的に顔を上げた。

そこには仲間たちが揃っていた。サムスもすでに立ち直っており、他の三人と共に並び立っている。

彼らは、その内にそれぞれの思惑を持っているはずだ。それでも彼らは肩を並べ、ピットが前に踏み出すのを待っていた。

――進むしかない。何もわからないうちから立ち止まってたら、見えてくるものも見えてこないんだ。

天使の顔に残っていた戸惑いは決意へと変わる。彼は何も言わずにきっぱりと頷くと、彼らの元へ駆けていった。

 

 

船内は混乱に陥っていた。あちこちで甲殻類や爬虫類のエイリアン達が互いに武器を向け合い、喚き、衝突していた。騒乱の向こう側で頼りないほどに微かなサイレンの音と、何かしらの人工音声が流れていたが、もはや誰の耳にも届いていないようだ。

ピット達の進む道に、いきなり数人のパイレーツが飛び出してきた。だが彼らが訳も分からぬままに武器を構えるのに対し、ピット達はすでにその手にそれぞれの得物を持っており、構わずそのまま突撃していく。

パイレーツ達はほとんど足止めすることもできずあっという間に片づけられ、次々と通路に倒れ伏していった。

 

やがて幅の広い通路に出る。ここがスネークの言っていた中央通路だろう。

そこかしこで反乱軍の集団がぶつかり合い、不毛な争いを続けていた。もはや通路の中央を突っ切っていくこちらに目をむけるほど余裕のある者はおらず、ピット達はほぼ邪魔されることなく走っていった。

と、横を走っていたファルコが何かに気づき、腰の横に下げていた装置を手に取ると向こう側に蹴り飛ばした。

一瞬遅れ、真横から耳を聾するような爆音が轟き、通路が明々と照らし上げられる。

――爆弾……?!

咄嗟に身構えるも、視線を向けた先、六角形のバリアが展開して一行を守ってくれていた。

バリアを展開させていた装置はブーメランのようにファルコの元に戻り、彼は片手でそれを受け止める。

廊下は、彼らが立つところを除いて黒く煤けてしまっていた。

「あいつら、どういう頭してんだよ。艦内で使う武器じゃねえだろ……」

爆弾が起爆された地点を見つめ、呆れたようにつぶやくファルコ。そこではパイレーツが通路に散らばって倒れ伏し、呻いていた。もはやどちらがリドリー側で、どちらが反乱軍側なのかも分からない。

自分たちが彼らにしてやれることも、してやるべきことも無い。ピット達はパイレーツを尻目に再び走りだした。

ピットの足元で、こんな声が聞こえた。

「あぁぁ、モッタイナイ……せっかくの船がボロボロになっちゃウ……」

見ると、ツノ付きの青いフード姿がすぐそばにあった。小さい上に、足音が立たないので気づかなかったらしい。

「あれ、マホロア。来てたの?」

そう声をかけると、マホロアはむきになってこう返す。

「来てたノ、じゃないヨ! キミがボクのこと忘れテ行っちゃうカラ、必死デ追いカケたんだヨ?!」

「これ以上僕らについてきても、君にとっては良いことないよ? 今からでも間に合うからさ、廃工場で待ってなよ」

それは素直な気持ちからの忠告だったのだが、マホロアはむすっと膨れたまま何も言わない。

しんがりを務めているスネークが後ろからこう言った。

「往生際が悪いぞ。あんたがどういう理由で執着しているのか知らんが、いい加減、船のことは諦めたらどうだ」

しかし、マホロアはつんとそっぽを向くだけだった。

「余計ナお世話ダヨ」

 

中央通路を進んでいた一行は、ついに道の終わりを見出す。だが、そこに至るまでの最後の数メートルには、多種多様なエイリアンによる何列もの人垣ができ上がっていた。集団の中心にはひときわ大きな有翼の後ろ姿があった。リドリーはここで足止めを受けているようだ。

集団はやはり反乱軍側とリドリー側に分かれているらしく、艦橋へ通じる扉を死守するように隊列を作った集団は、リドリーに向けて銃を構えている。だが、その構え方には明らかに戸惑いがあった。はっきりと離脱の意思を示した本来のリーダーを前に、自らの態度を決めかねているようだった。

肩を怒らせ、ねめつけるリドリーを前に、やがて一人、また一人と銃を下げていき、リドリーの側に加わろうとする。

しかし、その時だった。

扉の一点が厖と暗くなったかと思うと、見る見るうちに闇が広がり、何者かが姿を現す。

黒い馬に乗った偉丈夫。赤褐色の髪、浅黒い肌。鎧を着込んだ彼は王の威厳をもって、馬上からパイレーツらを睥睨する。

エイリアンらが動揺し、どよめく後ろでピット達もまた驚き、自分の目に映るものを疑っていた。

「……まさか!」

「あいつ――?!」

「――いや、どこかおかしい。妙だ」

スネークがそう言った横で、サムスも同意するように頷く。

「あれには実体がない」

何かのセンサーだろうか、彼女のバイザーの表面には幾つもの図形が輝き、動いていた。

彼らが見つめる先、果たしてガノンドロフの幻影は片手を顔にやると、真の顔を現した。二本の角を生やした骸骨のようなマスク。それから、もう片方の手に携えた槍を真っ直ぐに、リドリーの方へと向ける。

静寂は、自暴自棄になった反乱軍の絶叫によって断ち切られ、パイレーツ側、反乱軍側入り乱れた混戦が始まった。リドリーは幻影だと知ったうえでガノンドロフに挑みかかるが、幻影は相手にしようともせず、嗤う声を残して再び闇の中に消えてしまった。そうこうしているうちに足元に甲殻類のエイリアンが取りつき始め、リドリーは苛立ちに唸り声を上げ、両腕を振り回してかつての部下を薙ぎ払い、殴り飛ばしていた。

前進も後退もせず、泥沼の戦いを続ける彼らを見ていたスネークは、やがてこう断言した。

「この道はだめだ。他を当たるぞ」

 

スネークを先導とし、ピット達は艦橋へ繋がるルートまで迂回しようとする。

「艦橋のある上層階とここは、俺が把握している範囲で六本の昇降路が繋がっている。そこを当たっていけば――」

そう説明していた彼の声が、不意に途切れる。

見ると、立ち止まった彼の見据える先、今度は全身が黒い影で象られた幻影が立ちはだかっていた。上半身が逞しく発達した影。鉈のような形状の大剣を片手に持ち、背にはマントをはためかせていたが、頭の横に大きな角を生やしたそのシルエットは、まるで猛牛が二本足で立ちあがったようにも見える。

真っ先にファルコが動く。

「くそぉ、邪魔だ!」

ブラスターを手に取るや否や、何発もの光線を浴びせかける。しかし、黒い幻影は光線が当たる直前にふっとかき消えてしまい、すべてが過ぎ去ってから悠々と姿を現した。

今度はこちらの番だ、とばかりに空いた方の手を上げると、その手のひらの上に青白く輝く球体が出現した。やがて電光を纏って飛来した球は幻でも見せかけでもなく、とっさに二手に分かれたピット達の飛び退った後に着弾し、通路の床を黒く焦げ付かせる。

相手が攻撃を放った直後を狙い、すかさずフォックスがブラスターを撃つが、やはり幻影は難なく姿を消し、これをやり過ごしてしまう。

狙い通りに行かず、眉間にしわを寄せる隊長。その後ろでファルコが、彼の心情を代弁するようにこう言った。

「いくらなんでもずるくねぇか?」

サムスがアームキャノンを構え、ビーム、次いでミサイルを放つ。だがそのどちらも当たることはなく、向こう側の壁をへこませるだけに終わった。

無言のまま、右腕のキャノンを向けているサムス。スネークは黒い影を見据え、眉根を寄せる。

「……エネルギー兵器も実弾も、となると――打つ手は無いな。後退する」

そう言って引きかえした彼の後を追い、ピット達も走りだす。

ピットは、肩越しに後ろを振り返ったが、ガノンドロフの作り出した幻影はそれ以上追いかけてくる様子もなく、じっとその場を守って動かずにいた。

 

次の扉は、中央通路ほどではないものの比較的幅の広い通路の先に位置していた。やはり黒い幻影が待ち構えていたものの、スネークが足を止める様子は無い。

先頭を行く彼は、前を見据えたままこう言った。

「これだけ広ければ、脇を通り抜けられるだろう。あいつは攻撃を受ける直前で姿を消す。だが、逆に言えばその間はこっちに手出しできない。俺達で撃ち続けるぞ」

彼の言葉を聞き、フォックスは賛成の意を示して頷く。

「なるほど、回避に専念させる作戦か」

「効かねぇって分かってて撃つのか……気が乗らねえな」

そんなことを言いながらも、ファルコはブラスターを手に取り、準備をしていた。

同じように神弓を呼びだして構えていたピット。それに気づいたスネークが天使を振り向いてこう言った。

「あんたは走ることに専念してくれ。あの影がどんな隠し玉を持っているか分からん」

言われたことの理屈は分かっても、ピットには素直に頷くことはできなかった。

「でも……! 僕だけ何もしないわけにはいかないよ!」

立ち止まり、食い下がったピット。

スネークも併せてその場で待ち、彼を正面から見据えて問いかけた。

「お前の目的はなんだ。それを達成するために、今すべきことは」

「……分かってる。でも、僕は人間の子供じゃないんだ。守られてばかりじゃ性に合わないよ」

相手の目を真っ直ぐに見返し、そう言い切ったピット。

スネークはそれ以上の強要はせず、こう言って背を向けた。

「なら、好きにしろ」

その言葉こそぶっきらぼうだったが、突き放したわけではなく、ピットの言動を許容するかのような響きがあった。

彼の態度に、複雑な表情をするピット。

「――子供じゃないって言ってるのに」

そう呟きつつも、先に走っていった彼を追う。

 

接近する存在に気づき、黒い幻影がゆらりと動き出した。

中央を突っ切るようにして走ってくるピット達を迎え撃つように、ゆっくりと近づいてきた影を目掛け、まずはスネークが船内で手に入れていた光線銃を構え、撃つ。案の定、輝線は相手にぶつかることなく虚空を切ったが、それを合図として一行は散開し、それぞれのルートで前進し始める。

再び姿を現した幻影は、青い線で紋様を描かれた顔を巡らせて辺りを見渡し、一番手近なところにいたサムスを狙おうとする。だがサムスは足を止めずに右腕を構え、出力を絞った光弾を何発か浴びせかけた。瞬く間にかき消える幻影。

ほんのわずかな間をおいて、今度はいきなりフォックスの目前に立ちはだかるも、彼は怯まずに銃を構えて牽制弾を放った。

それを繰り返しながら順調に走り続けていた彼らだったが、ふと、ある時点で幻影の出現が止まる。

ファルコはブラスターを上げ、前方を見渡す。

「とうとう諦めたか?」

「そんなはずは――」

予感に駆られて後ろを見たフォックスは、愕然とその目を見開いた。

幻影は彼らの背後にいた。宙に浮かんだ幻影は両手を高々と掲げ、先ほどの青白い光弾とは比べ物にならない大きさの、赤黒い闇に満ちた球を召喚しようとしていた。五人が武器を構え直すよりも早く、振り下ろされた球は六つの小さな弾に分裂し、赤い軌跡を描いて飛来する。

天使の脳裏、一瞬のうちにさまざまな思考が駆け巡った。

――衛星で防ぐ? いや、全弾は無理だ。マホロアに“柵”を作らせて……だめだ、あれは力を溜めなきゃ使えないみたいだったし……

取るべき行動を考えあぐね、立ち尽くすピット。

その脳裏に、ふとある記憶が蘇る。

広々としたバルコニー、曇り空を背景に、宙に浮かぶデデデ大王の身体。意識のない彼を操っていた“ダークマター”の攻撃にも、似たようなものがあった。そしてあれは――

『なんだか懐かしいわね、リンク』

『打ち返してくるようなやつじゃなくてよかったよ』

妖精と勇者、二人の声を思い出す。

次の瞬間、ピットはほとんど無意識のうちに神弓の柄をきつく握りしめ、走りだしていた。

突出した彼を目掛け、赤黒い球体が矛先を絞る。目の前まで迫ったそれらを見据え、彼は神弓を前へと突き出した。

回転する刃が宙に天使の輪を描き出し、赤い闇の球体を次々に撥ね返す。弾かれた球は幻影に返され、赤黒い煙を残して黒い幻影は消失する。

「やった!」

「あれ跳ね返せたのかよ!」

しかし安堵したのもつかの間、今度は地上の反対側、扉側に幻影が現れた。それも一度に六体も。鉈の形をした大剣を携え、ピット達の行く手をふさぐように横列をなしてじりじりと歩いてくる。

ピット達はそれぞれに飛び道具で幻影を消そうとするが、通路の横幅いっぱいを埋めるような隊列が相手では、とてもではないが注意を引き付けて横を通り抜ける芸当が通用するようには思えない。

「マホロア! 前のあれ、“柵”を出して!」

無駄と分かっていながらも、牽制の矢を撃ち続けているピットがそう言うと、少し離れたところに浮かぶマホロアがこう言い返した。

「アレ柵じゃなくてハリなんだケド! デモどっちみチ、最大シュツリョクでも全部はムリ!」

「じゃああのブラックホールは?!」

「アイツ質量ないモン、吸い込めナイに決まってるジャン」

当たり前のことを聞くな、と言いたげに呆れた表情でそう言われてしまった。

こちらの攻撃をものともせず、どれかの幻影が消えた隙を数で補って、次第に幻影はピット達を追い詰めていく。振り下ろされた大剣は確かな音と衝撃を伴って床に当たり、金属の床をへこませる。

それを見たファルコが口の端を引きつらせ、マホロアに向かってこう言っていた。

「お前っ、質量ないって、ほんとかよ?!」

 

対抗手段が見つからないまま、ピット達は後退を余儀なくされる。

もはや相手に大剣を振るわせないという目的のために光の矢を撃ちながら、ピットは横に顔を向ける。

「スネーク、他を当たる?」

「ああ。だが……最悪、どこもこの調子で終わる可能性がある」

「確かにそうだよね……」

反対側でも、フォックスがこう言った。

「あの幻、俺達の攻撃はどれも大して効いた様子がない。しかも瞬間移動や分身までするとなると……このまま俺達で切り抜けられるとは思えないな」

そこで分岐路まで戻ってきた一行は、悔しそうに通路を見やりながらも次の扉を探して走り始めた。

腹立たしさに荒い溜息をつき、ファルコが行く手を睨みつける。

「もう扉は諦めて、どっかの壁ぶっ壊すしか無いんじゃないか?」

これを耳にしたサムスは、先頭を走る男の背に声を掛けた。

「スネーク。どこか心当たりはあるか」

おそらくここまで彼がずっと針路を指示しているのを見て、彼が一番戦艦内のことに詳しいと気づいていたのだろう。

名前を呼ばれ、スネークが返答するまでには、なぜかほんのわずかな間が空いた。

「――ここの隔壁は並大抵の分厚さじゃない。C4でも破壊は困難だろう」

振り返らずに言われた言葉に、サムスはバイザーの奥からこう返した。

「心配するな。私はすでに一か所、ここの壁を破壊している。場所を選べば可能だ」

これには、思わずスネークも肩越しに振り返り、甲冑の戦士をまじまじと見つめてしまった。

「……試したのか」

サムスは何も言わず、きっぱりと頷いてみせる。

それを見届けて、スネークはまだ半ば狐につままれたような顔をしつつも前を向く。

「だったら、幾つか心当たりはある。ここの近くで昇降路の壁に一番近いのは――」

先頭を行く彼の言葉に他の皆が注意を向けていた時、ピットはふと何かに気づいて後ろを振り返る。

 

「ピット、どこにいるのですか?」

 

戦艦内に満ちた喧噪の中、今にも消え入りそうなほど、遠い声。

「……パルテナ様?」

思わず立ち止まり、ピットはそう呟いた。

「どうしたんだ」

彼がついてこないことに気づいたフォックスが呼びかけるも、ピットは聞こえた様子もなく、通路の後ろをじっと見つめるばかり。

そのまま彼はわき目も振らず、来た道を戻っていってしまった。

 

 

 

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最終更新:2022-10-29

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