気まぐれ流れ星二次小説

星は夢を抱いて巡る

第2章 平和をもたらす者 ④

 

 

縄梯子は休むことなく順調に引き上げられ、じきにゴンドラの入り口が見えてきた。

毛糸の軍勢に襲われていた二人に助けの手を差し伸べたひとは、ずっと戸口に立ち、風にシルクハットが飛ばされないように手で押さえながらもこちらを見ている。

近づいてくるにつれてその姿がはっきりと分かるようになってきた。彼は大きく丸い耳を持つ、灰色のねずみに似た姿をしていた。首元には大きな鈴をつけており、その背では、裾がギザギザになった赤いマントがはためいていた。よく見ると彼の足は地についておらず、どういう原理か、体全体がふわふわと空中に浮かんでいる。

シルクハットのねずみが二人に手を貸し、ピット達は順々にゴンドラの入り口に這い登る。

船内で出迎えたひとびとも、ほとんどがねずみのような姿をしていた。身長は様々で、縄梯子をくるくるとまとめている太っちょの乗組員はほとんどこちらと並ぶくらいの、このエリアの住民には珍しいくらいの巨体であったし、先ほど縄梯子を投げおろしてくれた小柄な乗組員は、こちらの膝丈くらいしかないようだった。ゴンドラの室内には彼らのほかにも小さな乗組員がたくさんおり、手足の見当たらない体ながら、大きな耳でものを挟むようにして頭の上に支え、せかせかとせわしなく物品を運んでいた。

あっけにとられたように左右を見渡していた二人の様子を、飛行船に感心したものと受け取ったらしい。リーダーと思しき赤いシルクハットのひとはふっと笑い、二人にこう声をかけた。

「ようこそ、オレたちの船へ」

振り返ったピット達に、続けて彼は自分の胸元を手で示し、続ける。

「オレの名はドロッチェ。宇宙を旅する盗賊だ。おまえたちは……その姿を見る限りじゃ、ポップスターの住民ではないようだな」

「うーん……まあ、そんなとこかな」

ピットはそう言って肩をすくめた。

このエリアの住民が呼称するポップスターというのが、"本来"はどのくらいの範囲を指すものなのかは未だによくわかっていない。ここに住むのは奇想天外な姿をした住民ばかりではあるが、彼らが元からエンジェランドと地続きの、つまりは同じ星に住む住民なのか、それともまるっきり別の惑星に住んでいるところから誘拐されてこの星にいるのか、自分でも判断しかねているのだった。

その隣からリンクがこう言う。

「ぼくはリンク。ナビィと一緒に、ピットくんが手紙を配るのを手伝いに来たんだ」

そう言った横からピットは身を乗り出した。

「そうだ、さっきは助けてくれてありがとう! ……でも、なんで見ず知らずの僕らを?」

ドロッチェは腕組みのようなしぐさをして胸を張り、

「見て見ぬ振りはできないたちでね。通りがかったのも何かの縁だ」

そう言ってから、彼はそこで長い爪を一本立ててみせる。

「まあ、理由はもう一つある。今のポップスターにわざわざ来るのなら、何か余程の訳があるに違いない。もしかしたらオレたちが求めるものについて、何か手掛かりを知ってるんじゃないか、と踏んだのさ」

これを聞き、ピットは途端に用心深い顔になって肩掛けカバンを抱え込む。

「……手紙はあげられないからね。助けてくれたのは感謝してるけど」

「そう言われるとますます気になるな。中身を読むだけでもだめなのか? 読んだらおまえに返す。オレが約束する」

「さっき君、自分のこと盗賊だって言ってたよね?」

「助けてもらったのに良い度胸だな……。一つ言っておくが、オレたちが求めるのは、大いなる力を秘めたお宝だけだ。手紙一つ、どうこうしようとは思ってない」

そう言い切り、ドロッチェはマントを翻すと窓辺の方へ、流れていくポップスターの景色へと目を向けた。

「知っているか? この星は、かつてはオレの知る中で宇宙一、美しく輝く星だった。今では侵略者の奴等がのさばって、見る影も無くなってしまったが……」

再びこちらに向き直り、彼はこう続けた。

「星明りのない闇夜では、どんな宝石も石ころと変わりがない。お宝が本当に価値を持つのは、平和で穏やかな世があってこそだ。……オレたちは、侵略者たちと正面切って戦えるほど強くはない。だから、”宇宙の宝”とも言えるあの綺麗な景色を取り戻すために、オレたちはこの星を『奪い返せる』手段を探しているのさ」

彼の目は真っすぐでゆるぎなく、その意志は、もはや盗賊というよりは義賊という趣だった。

実際、見ず知らずの異邦人を、わざわざ危険を冒してまで助けに来たところから見ても、彼の性格は冷淡とは程遠い。おそらく彼は、計算高いところはあったとしても、手紙を見せなかったからといって二人を船から蹴落とすほどのことはしないだろう。

それだけに、この場の雰囲気をぎくしゃくさせてまで頑なに断ることもないように思えた。

何しろピットは、以前の任務で『配る対象ではない人物が手紙を見たときに何が起こるか』を知っている。また、エインシャントも女神パルテナも、ピット自身が手紙の紙面を直接見ることは禁じていても、最終的に配るべき相手に配りさえすれば、途中経過で何が起ころうとお咎めはしないのだ。

「分かった。でも、君の欲しい情報は載ってないと思うよ」

事前にそう断ってから、二枚のうちから適当に取り出した一枚を手渡す。それはデデデあての手紙だった。

受け取って、まずは封筒の表裏を眺め、ドロッチェは宛名が誰であるかを見ると軽く驚いたように目を丸くした。それから封蝋の印章を矯めつ眇めつ調べ、続いて爪を使って慎重に、丁寧にはがしていく。そしてそっと中の紙を取り出し、三つ折りの紙を静かに開いて――残念そうな顔をして頷いた。

「確かにおまえの言う通りだ。しかし不思議だな。おまえたちは何も書かれていない手紙を配るためだけに、こんな大変な星にやってきたのか?」

彼はそう言いながら、手紙をまた元通りにきれいにたたみなおし、封筒に収めた。差し出された封筒を受け取り、鞄に仕舞ってからピットは肩をすくめた。

「それが僕に与えられた仕事だからね」

文面はエリアにいる人々のうち、しかるべき人物にしか読めないのだ、ということは言わないでおいた。

その時、船尾の方角で扉の開く音がした。

「もう出てきても大丈夫? なんだか急降下してたみたいだけど――」

戸口に立つ住民の姿を見て、ピットもリンクも思わず言葉を失ってまじまじと見つめてしまった。

顔をのぞかせたのは、このエリアでは初めて見ることになる『人間』の女の子だった。片手に絵筆を持ち、赤いベレー帽を被っているところを見ると、画家なのだろうか。彼女もゴンドラの入り口付近に座っているピットとリンクに気づくと、びっくりしたように目を丸くする。

さらに彼女の後ろから、ピンク色の髪を持つ小さな人影もふわりと現れた。その背には、ナビィの翼にも似た妖精のような羽が備わっている。

彼らに向けてドロッチェが、こう返した。

「アミーボ・アモーレのテリトリーは無事に抜け出せた。何も言わずに急に高度を下げて悪かったな。途中で降りたのは、この三人を助けるためだったんだ。白いのがピット、緑のがリンク。で、小さなのがナビィ、だったな?」

三人の代わりに名前を紹介すると、ベレー帽の女の子はまったく物おじせずに船尾の部屋から出てきてこう言った。

「はじめまして! あたしはアドレーヌよ。そしてこっちが……」

彼女の肩口あたりに浮かんでいた妖精が、ぺこりと頭を下げる。

「リボンです。わたしたちも、ドロッチェ団のみなさんに助けられたんです。この星にクリスタルを届けに来て、アドさんと会えたのは良かったのですが、そこで真っ黒な一つ目がたくさん追いかけてきて……」

そう言ったきり俯いてしまったリボンは、その手に、彼女の身長くらいもありそうな細長い結晶を大事に抱えていた。

「ダークマターの連中はこのクリスタルを目の敵にしているらしくてな……襲われてたところを、オレたちが助けたってわけだ」

ドロッチェが補足した横から、勢い込んでアドレーヌがこう続けた。

「きっとゼロツーの指図よ! クリスタルがまたカーくんの手に渡ると困るから、邪魔してくるんだわ!」

リボンも真剣な面持ちをピット達に向け、こう言った。

「このクリスタルはゼロツーを封じるために大切なものなんです。わたしたちの女王様は、ゼロツーがこの星に降りたことを知って、クリスタルをわたしに託したのです。カービィに渡すまでは絶対になくさないように――」

「――あれ、いま君、カービィって言った?」

言葉を途中で遮る形になりつつも、ピットが尋ねかける。リボンはきょとんと目を瞬き、頷いた。ピットは彼女に向けてこう続ける。

「実は僕らもカービィを探してるんだ。君たちがこれまでにつかんだ手掛かりとか、あったら教えてほしいんだけど」

これを聞き、アドレーヌ達の横でドロッチェが驚いたように目を見開く。

「なんだ、お前たちもなのか? あいつもずいぶん人気者になったものだ」

ピットとリンクが彼の方を振り向くと、ドロッチェはこう続けた。

「実はさっき言った、この星を奪い返す手段というのもあいつのことでな。ポップスターを取り返すにはどうすれば良いのか、この星に降りてから方々を当たってみたが、結局あいつに頼るのが一番確実そうなんだ。しかし――何か教えてやれる情報でもあるとよかったんだが、あいにくオレたちも大した情報はつかめていない」

彼に続けて、リボンも申し訳なさそうな顔をこちらに向ける。

「あの、わたしたちもなんです……」

アドレーヌも肩をすくめてこう言った。

「今のポップスターなら、あたしたちが無事に会えたのも奇跡的って感じなの」

「こうしてオレたちであいつの足跡をたどってはいるが、どれもかなり古いものばかりでな。……ひょっとすると、もうこの星から離れてるかもしれないな」

ドロッチェが総括したのを聞き、ピットは思い出すものがあった。

「あ、そういえばメタナイトもそう言ってたような……この星から出ていったって」

「なんだって? 彼が?」

「ずいぶん前のことだけど、カービィは彼のところに来たらしいんだ。その時、カービィは『この星を出よう』って言ってたんだって」

「そうか……なるほどな。どこを探しても見つからないわけだ」

ドロッチェはシルクハットの鍔を下げ、悔しげな表情になる。

「で、おまえたちのその様子だと、詳しい行き先は彼も知らなかったんだな」

「そうなんだ。あのひとは、デデデならもしかしたら伝えられてるかもって、そう言ってたよ」

それを聞いて、団長ははっと表情を改めた。

「――なるほど、そっちがあったか!」

マントを翻し、空中を跳んで船首の方角に向かう。そこにあるのは、操縦のための操作卓と思しき機械。おそらくあれがこの船の操縦室なのだろう。

操作卓の前には小さなユーフォーが浮かんでおり、そのユーフォーに向けてドロッチェはこう尋ねた。

「ドク。デデデの城はどの方角だ?」

「この近くじゃが、通り過ぎる方角じゃな」

ユーフォーのような物体が振り返ると、その中にかなり小柄なねずみが乗っているのが見えてきた。分厚い眼鏡の下に、立派なひげを蓄えている。

「旋回して、すぐに向かってくれ」

きっぱりと告げたドロッチェに対し、眉間をしかめてドクは言い返す。

「無茶を言うな。あの山、何やらいつになく分厚い黒雲に覆われておったぞ。近づかん方が良い」

「危険は承知だ」

「まったく……」

ぶつぶつと言いつつもドクはユーフォーからロボットアームを出し、いくつもの操縦桿を同時並行で操作し始めた。ゆらりと飛行船が揺れ、大回りに旋回していく。

 

この飛行船は船尾の方にエンジンかプロペラが付いているらしい。ゴンドラがゆっくりと不規則に揺れ動く中、機内を震わせるような重低音が後方から前方へと定常的に響いていた。

何はともあれ、陸路を徒歩で行くよりも、動かなくて良い分ずっと楽だった。考えてみれば、途中で一度休憩を挟めたものの、今までほとんど歩き通しだった。しかもその半分くらいが誰かを追いかけたり、誰かから逃げるために走ったりと、ひどく慌ただしい行程だったのだ。今から思っても遅いことだが、途中で馬を呼んでもよかったのかもしれない。

ピットとリンクは機内の壁に背を預け、ようやくほっと一息ついていた。

一方、アドレーヌとリボンは何か気がかりなことがあるらしく、表情を曇らせていた。

「大王様、大丈夫かしら……」

リボンがぽつりとつぶやく。それに気づいて彼女の方を見たピット達に、アドレーヌがこう教えてくれた。

「実はあたしたち、この船に乗る前に一度だけデデのだんなに会いに行ったの。カーくんがなかなか見つからないから、だんなにも一緒に来てもらおうって」

「でも山に登ろうとしたら、黒ずくめの一つ目がいっぱい降りてきて……わたしたちだけじゃどうにもできなくて、引き返したんです」

「さっきも、山が黒雲に覆われてたっていうけど、そんなことができるのはダークマターしかいないわ。あの一つ目、まだだんなのお城にいるのね……!」

彼女たちの話を聞き終えて、最初に口を開いたのはナビィだった。画家の女の子を見つつも、ピットに向けてこう耳打ちする。

「天使クン。あなた、もしかして今日は厄日なんじゃないの?」

「ほんとついてないよ。鏡を割っちゃったのがまずかったかなぁ……」

機内の天井を見上げ、ピットはそう言って嘆息した。

その時だった。出し抜けに、機内がぐらりと揺さぶられる。横から突風でも受けたのかと思いつつ互いに顔を見合わせていると、赤いサングラスを掛けた小柄な団員がピット達の元に跳ねてきて、こう告げる。

「おまえたち、今すぐどこかにつかまるっチュ!」

そのまま駆け抜けていき、彼は船尾のドアを急いで閉めると、近くの手すりにしっかりと掴まった。彼に倣って、ピット達も手近な手すりや窓辺の縁に掴まり、身を低くする。

間もなく、床ごとぐわりと持ち上がるようにして飛行船が急上昇し、それから坂を下っていくようにゆっくりと降下し始めた。それがだらだらと続き、船がどこまでも落ちていくように思えて、ピットは自分の背筋を嫌な寒気が走っていくのを感じていた。

操縦室の方でもドクとドロッチェが言い合っている声が聞こえていた。

「そぅら、言わんこっちゃない! あの黒雲、中に何か隠しとるぞ!」

「ドク、おまえが作ってくれた船なんだ。この程度じゃびくともしないだろう?」

「それはそうじゃが、何事にも限度というものがある。今はまだ遠いから避けられるが、これ以上近づいたらあの雷を一斉に浴びることになるぞ。万が一気嚢が破れて、中のガスに引火してしまったら、ワシらは一巻の終わりじゃ!」

ドクの言葉を聞き、ピットは掴まっていた窓の縁に顔を寄せて外の様子を確かめる。

「うわ……」

探すまでもなく見えてきた光景に、思わず、声に出してそう言ってしまった。

白い雲海をずたずたに切り裂くようにして、幾筋もの黒い雷が駆け抜けていく。その色からして、ダークマター一族がその目から放つ稲光に違いない。このエリアに降臨したときに受けた一斉射撃もひどいものだったが、今、飛行船が受けている集中砲火はそれよりもさらに密度が高く、切れ目というものもほとんどない。

げんなりした表情で、これから向かう先の山で待ち受けているであろうダークマターの数を頭の中で概算していたときだった。

「あの雲をどうにかできればいいんだな?!」

ドロッチェの声が聞こえてきたかと思うと、何かを強くぶつける音がし、甲高い笛のような風音が機内をびりびりと震わせて響き渡る。急いで船首の方角を見ると、操縦室の窓の一つが開け放たれており、そこから赤いマントの後ろ姿が身を乗り出しているのだった。

彼は船外に出した方の手に、細長いステッキを持っていた。飛行船の進行方向やや下にぴたりと据えたステッキの先端に、青白い光が集まっていく。

その姿勢のまま振り返らずに、ドロッチェは団員たちに号令をかけていく。

「ドク、今からオレが開ける通路に船を通してくれ。スピン、ゴンドラの扉を開けておくんだ。ストロン、船が城の上に来るタイミングでお客を下ろしてやってくれ」

それから一呼吸置き、彼はわずかに顔をこちらに向ける。

「おまえたち。デデデと、それからカービィのことをよろしく頼む」

「そんな、君たちは……?」

「なぁに心配するな。こんなの、宇宙を渡り歩いてきたオレたちからすればピンチのうちにも入らないさ」

笑顔でそう返し、彼は再び窓の外に顔を出した。

「縁があったらまた会おう!」

その言葉と共に、船首の方角でまばゆい光が炸裂する。わずかな冷気が漂ってきたのを感じる暇もなく、ふわりと体が軽くなった。船が急降下を始めたのだ。反射的に窓の縁にしがみついてしまったピットだったが、後ろからのしのしと重たい足音が近づいてきて、両脇の辺りからがしりと捕まえられ、引きはがされてしまった。

太っちょの団員に持ち上げられ、そのまま樽でも抱えるように肩に乗せられて運ばれていく。リンクはどうやらもう片方の肩に抱えられたようだった。見る先でサングラスの団員がゴンドラの扉を開けた。眼下に広がるのは、黒々と濁り切った暗雲。

「え、ちょ、ちょっと……! まだ早くない?!」

身を縮こまらせて言うも、ストロンは聞く耳を持たなかった。そのままのしのしと戸口まで歩いていくと、暗雲の大地めがけて勢いよくピットを放り投げた。

 

幸い、体が正面を向くように投げ込まれていた。

そこでピットは歯を食いしばり、翼を広げる。多少でも落下の速度を抑えようと思ったのだ。

吹き上げるような風が徐々に収まっていき、心が落ち着いてくると、降りていく先の黒雲が妙に凝り固まったように動かないことに気が付いた。よく見ると、その表面は雪の降り積もった地面のようにきらきらと輝いている。ところどころに黒ずくめの一つ目も埋もれていたが、彼らもまた凍り付いたように動けなくなっていた。

それに気づいて上の方を、飛行船が駆け抜けていった方角を見る。飛行船は、黒雲に穿たれたトンネルを通り抜けて見る見るうちに小さくなっていくところだった。飛行船は、ハルバードほどではないもののそこそこの大きさがあるはず。だが、トンネルの径はそれよりもはるかに大きいのだった。

「あれで侵略者に勝てるほど強くない、だって……?」

ピットは驚きを通り越してもはや呆れたように、口に出してそう言っていた。

「だったら、カービィはどれだけ強いんだろうな……」

そう呟きながら、足元からどんどんせり上がってくる黒雲の表面に目を向ける。間もなく、足が薄氷を踏みぬくような感触があった。周囲を暗い色合いの霧が流れていったかと思うと、一気に視野が開ける。

思ったよりも近い位置に、青緑色の浅いドーム屋根が待ち受けていた。ピットは慌てて顔の前に腕を上げ、受け身の姿勢をとる。間もなく足が地面にぶつかり、横に転がり込んで衝撃を吸収する。

「ちょっと、遅いわよ天使クン」

息をつく間もなく、ナビィから声を掛けられた。見るとリンクはすでに到着しており、けろっとした表情でピットのところまで歩いてくるのだった。

「リンク、大丈夫だったの?」

ピットからそう問われて、リンクは上空を、自分たちが投げ込まれたあたりを見上げてから、こちらに笑顔を向けてこう言った。

「うん、そんなに高くなかったから」

「頑丈だねぇ、君」

そんなやり取りをしていた二人の横に、遅れてアドレーヌ達も降りてきた。彼女の後ろにはリボンがついており、どうやら彼女がアドレーヌを支えてゆっくりと降下したらしい。その様子を見ていたナビィが、ちょっとうらやましそうな声音でこう独り言を言っていた。

「あら、あの子ずいぶん力持ちなのね……」

その横から、二人に向けてピットはこう問いかける。

「ねえ、ここがデデデ城で合ってる?」

アドレーヌがすぐに頷き、

「間違いないわ。まずはバルコニーまで降りましょ!」

そう言い終わらないうちにさっそく浅いドームの屋根を駆け下りていき、その縁からためらうこともなく跳び下りていった。リボンもすぐ後ろについていき、屋根の下に姿を消す。

「ぼくらも行こう!」

リンクの声にピットも頷き、彼女たちを追って駆けていった。

 

今度はさほど高さもなく、ピットは前転をするまでもなく両足をついて着地する。顔をあげた先、見つめる向こう側には赤いガウンを着込んだふくよかな後ろ姿が佇んでいる。

「ようやく二人目か……」

つぶやいてから、ピットは鞄から手紙を取り出し、宛名を確認してからガウンの背中に声をかけた。

「デデデ、君に手紙を――」

その言葉はふと途中で途切れた。こちらを肩越しに振り向いた大王は、どういうことか、眠たげに目をつぶったままだったのだ。そのまま何をするでもなく、力なく両腕を下げ、黙ったままこちらに向き直る。

本当に眠っているのだろうか、その身体にはあまり力が入っておらず、全体的にほんのわずかに横に傾いでいた。

行動をとりあぐね、固まってしまったピット。彼の背に、鋭い声が飛んだ。

「気を付けて。なんだか様子が変よ……!」

アドレーヌの声に弾かれたように双剣を構えた先、ゆらりと大王の体が浮かび上がった。

その場の全員が息をのんで見上げる先、徐々に高度を上げていく。

にわかに黒いオーラがにじみ出て全身を包んだかと思うと――その腹部がぱくりと口を開け、現れたのは黒く鋭い牙の列。

「うっ……?!」

思わず顔を引きつらせ、後ずさるピット。アドレーヌとリボンは、逆に彼の横から一歩前に踏み出した。

「やっぱり、操られてるんだわ!」

「どうすれば良いの?」

「戦って! 操ってる悪いコを追い出すのよ!」

そういうとアドレーヌは絵筆とパレットを、それが武器であるかのように構える。リボンもクリスタルを両手で抱え、決意の表情で大王を、その身を操っている何者かを見据えていた。

 

 

黒い牙を剥き出し、大口を開けて襲い掛かる大王の体。

地上でこれを迎え撃つ位置にいたリンク、牽制するように弓矢を構えて射かけるも、大王を操る何者かは俊敏な動きでこれを左右に避けてしまった。そのまま勇者に噛みつこうとするが、その横腹に巨大な拳がめり込み、勢いよく弾き飛ばされる。

「ナイスショット!」

豪腕を装着したままの腕でガッツポーズをするピット。

「ありがとう、ピットくん!」

素直にお礼を言ってから大王の飛ばされていった方に向き直り、走っていくリンク。

「ノリノリねぇ天使クン……」

ナビィの方は若干呆れ気味だった。彼女の言葉にはっと気づき、ピットは苦笑いした。

「いやぁ、こういう風に協力して浄化するのって、なかなか無いからね……」

彼女への返答というよりは、ほとんど独り言のようにして言う。

バルコニーから一旦は出てしまった大王だったが、空中で踏みとどまると、そのまま首や腕を力なくぶらつかせながら戻ってきた。いつの間にか腹部の口は閉じており、何の変哲もない赤と黄色のギザギザ模様が描かれた腹巻になっている。

まるで操り人形のようにおおざっぱな動きで着陸したかと思うと、そのまま真正面へ、ちょうどその方角にいたピット目掛けて走ってきた。

「来るわよ、避けて!」

アドレーヌの声が飛ぶ。

「来るって何が――」

と言いつつも身構えたピットは、思わず目を丸くしてしまった。

大王が蹴躓いたように見えた次の瞬間、前に転ぶような恰好をしたまま宙をすっ飛んできたのだ。

直前の走りからは想像もつかない飛距離に歯を食いしばりつつ、反射的に盾の衛星を呼び出す。だが、勢いを伴った質量をいなしきれず、ピットは盾ごと後ろに撥ね飛ばされてしまう。

背中から石畳に打ち付けられ、顔をしかめて腰の後ろを抑えながら立ち上がるピット。追撃が来ていないかと薄目で前を伺うが、そこにあったのはアドレーヌとリボンとが大王の足止めをしている姿だった。

アドレーヌが絵筆を力強く振り払い、虹色に揺らめく絵の具を浴びせかける。あまり威力があるようには見えなかったが、大王は怯み、顔を守るように片腕をあげていた。大王はやがてもう片方の手で背中のハンマーを掴み、やみくもに振るうも、すでにアドレーヌはその場を離脱していた。

リボンに服の襟の辺りで持ち上げられ、上空に浮かび上がったアドレーヌ。

「リボンちゃん、あたしにクリスタルを!」

「ええ!」

手渡された青紫色のクリスタルが変形し、二本のツノを生やしたような形になる。アドレーヌはそのクリスタルを構え、地上の大王に狙いをつける。

空から降り注いできたクリスタルの弾。それを受けた大王はよろめき、よたよたと後ずさる。その腹部からは再び黒い牙が現れ、苦痛の叫びを上げていた。

「こうかはばつぐんだ、って感じかな」

ピットはその様を見ながら、そう呟く。ダークマター一族があのクリスタルを目の敵にしたというのも道理だ。

加勢に入るタイミングを考えていたその時だった。

大王を操る者が牙の隙間から唸り声を上げたかと思うと、降り注ぐクリスタルの雨をものともせずに飛び上がり、アドレーヌ達を目掛けて襲い掛かろうとした。

だがその針路を遮るように、何か小さな物が投げ込まれた。

「目、つぶって!」

その声にわずかに遅れて種が弾け、眩い光を炸裂させた。思わず空中で固まってしまった大王の身体に、間髪置かずに青く輝く光線が射かけられる。

無事に後退し、着地したアドレーヌとリボン。

「二人ともありがとう!」

彼女たちを守るように前に立つ、勇者と天使の背に声をかける。

「どういたしまして!」

少年さながらの明るい笑顔を返すリンク。ピットの方もアドレーヌたちを振り返り、こう頼んだ。

「もし知ってたら、どういう攻撃を仕掛けてくるか教えてくれる?」

「ええ、もちろん!」

 

大王の身体が再びゆらりと浮かび上がり、今度はその腹部にダークマターの一つ目が浮かび上がった。見開かれた目から黒い球体が次々に生み出され、空中を不規則に跳ねながらピット達へと襲い掛かる。

しかし、対処法を聞いていた彼らに抜かりはなかった。リンクはその剣で、ピットも双剣を使い、巧みにこれを打ち返す。いくらかは大王の腹にある目に直撃し、そのたびに大王の身体はふらふらと空中で後退していった。

「なんだか懐かしいわね、リンク」

「打ち返してくるようなやつじゃなくてよかったよ」

ナビィとリンクはそんな会話をしていた。

大王の身体が地上に降りた時には接近戦で、大王を操る者がその腹部で大口を開ければ、弓矢などで遠距離攻撃を。リンクとピットはそうしつつも、後方支援の二人を守るように動いていく。

アドレーヌがキャンバスを立てかけ、一心不乱に絵を描いていたその横、リボンがふと怪訝そうな顔をして大王の方を見つめた。

「――あれは……?」

空中で持ち直し、腹部の一つ目がピット達に向き直る。黒いオーラが不穏に揺らめき、微かに火花が散り始めていた。

「稲妻だ!」

ピットの声に、リンクもすぐさま反応した。

ピットは鏡の盾を、リンクはミラーシールドを構えてアドレーヌ達の前に滑りこむ。間もなく上空から黒い稲妻が降り注ぎ、バルコニーの石畳が音を立ててひび割れる。しかし、ピット達のいる一帯は無傷のまま保たれていた。

「よっぽど追い出されたくないのね」

アドレーヌはその声と共に最後の一筆を入れる。ぼわんと音がしてキャンバスから飛び出してきたのは、ずんぐりと丸い青色の竜。薄っぺらい紙の姿ながら、アドレーヌを背に乗せると、竜は尻尾をプロペラのように振り回して飛び立った。

「でも、諦めないわ。デデのだんなは返してもらうわよ!」

青い竜は大王の上空に到達し、そこで尻尾を止める。

大王の身体が仰向き、黒い一つ目がぎょろりと上を向く。

その様を見たピットとリンクは、はたと気づく。

――だめだ、見切られる!

果たして頭上から落下してきた竜を、黒い一つ目は難なく避けてしまった。

だが、アドレーヌの狙いはそこではなかった。竜から遅れて、空中に出現していた四本の巨大なつらら。それが、アドレーヌと竜を避けた矢先の大王を目掛けて落ちてきたのだった。

一撃目によってバルコニーへと打ち据えられた大王。彼を囲むように、残る三本のつららが石畳へと突き刺さる。

「今よ!」

竜から飛び降りたアドレーヌにリボンが合流し、クリスタルを手渡した。ピットは双剣を手に、リンクは退魔の剣を構えて、それぞれの全力を込めた一撃を食らわせた。

三方向から衝撃を受け、氷柱が砕け散る。細かい氷の粒が輝く中、ひときわ高く跳ね上がった大王の丸い身体がくるくると宙を舞い、バルコニーの石畳に落ちてくる。

軽くバウンドし、仰向けになって動かなくなった大王。

その身体がにわかに黒いオーラに包まれたが、それはもはや大王を動かすことはなく、ふくよかなお腹を頂点として凝集したかと思うと、一つの塊となって大王の身体から抜け出した。

これまでに見てきたダークマターとは少し異なり、そいつは真っ黒なシルエットにとげとげの髪のようなものを生やしていた。

そのまま何をするでもなく、ツンツン頭のダークマターはふいっと上空に飛び上がり、黒雲の中に紛れて見えなくなってしまった。

「待て!」

追いかけようとするピット。しかしその背後で疲れたような声がこう言った。

「――あー、あいつはほっとけ。並大抵の武器じゃ歯が立たん」

振り返ると、大王がアドレーヌ達に助け起こされて立ち上がるところだった。

「しかしあいつのことだ、一度追い出されたらしばらくの間は戻ってこんだろう」

その言葉に、アドレーヌはいぶかしげな顔をしてから、はっと気づいて尋ねかける。

「もしかしてデデのだんな、今まで何度も憑りつかれてたの?」

「まあな……いつもはワドルディ達がなんとか追い出してくれてたんだが、今回の奴はちょっとばかし強すぎたようだ」

ふと気配を感じて見渡すと、いつの間にかバルコニーには丸みを帯びた住民が現れていた。このエリアで最もよく見かける、橙色とベージュのツートンカラーのひとびとだ。

柱や壁の影から顔を出し、恐る恐るといった足取りで"ワドルディ"達が出てくる。先頭にひとりだけ、青いバンダナを締め、槍を手にした者がいるものの、そのほかは正直あまり強そうには見えない。彼らは危険が去ったことを知り、安堵の表情で大王の元まで駆け寄ってきた。

「大王様ー!」

「ご無事で何よりですー!」

その声を聞き、ピット達は驚いたように目を丸くする。口の見当たらない彼らが喋れるとは思っていなかったのだ。

ワドルディ達に囲まれつつも、大王は腰のあるらしきあたりに手を当て、「いてて」と顔をしかめつつ背を伸ばす。

「それで……」

と、改めてピット達に向き直ったところで彼はおや、というように目を凝らす。

「――お前たち、どこかで見た顔だな。どこで見たんだったかな……」

まじまじと見つめ、首をひねっている大王に、ピットは鞄から手紙を取り出して差し出した。

「僕はピット。光の女神に遣わされ、君たちに大事な報せを届けに来たんだ」

 

ワドルディ達が押し合いへし合いする中、大王はじっと黙って手紙を読んでいた。

そうしているうちに、城の上空を覆いつくしていた黒雲も次第に薄れ、やがて完全に消えていく。向こう側に現れた空は美しい橙色。いつの間にか夕方に差し掛かっていたらしい。

温かみのある色調に染め上げられたバルコニーに立ち、やがて大王は深いため息をつきながらその手紙を封筒に収めた。

「結局、あいつが正しかったってわけだ」

呟かれたその言葉を受け止め、ピットが尋ねる。

「『あいつ』って、もしかしてカービィのこと?」

それを聞き、大王はちょっと目を丸くして顔を上げた。

「なんだ。お前、カービィのことを知ってるのか?」

「あとひとり、配らなきゃいけないのが彼なんだよ」

そう答えてピットは、最後の一枚を取り出して見せる。

「君より先にメタナイトってひとに配ったんだけど、その時に彼は、君ならカービィの行き先を知ってるかもしれないって教えてくれたんだ」

「ああ、なるほど。あいつがな」

互いに知り合いなのだろう、大王はさほど怪訝そうな顔もせずに頷いた。

「その様子だと、お前たちはもう知ってるようだな。カービィがこの星を出ていったことを」

 

ワドルディたちがバルコニーに円形の机と椅子を用意してくれた。

ピット達がそこに座っていると、ワドルディがぞろぞろとやってきて、入れ替わり立ち代わりお茶菓子や紅茶を運んできた。それが机の上に並べられていく中、大王はこう語り始めた。

「あいつはな、星を出る前にわしの元を訪れていったんだ。一緒に来いというので一旦は断ったんだが……まあ、そう言っておいて、ほんとは後からこっそり追いかけようと思ったんだな」

腕を組み、ふんぞり返っている大王に、アドレーヌが呆れ顔をみせる。

「もう、デデのだんなったら……いつまでもそういうめんどくさいことしちゃダメよ」

「なにっ……こういうのはめんどくさいとは言わないものだぞ。ほら、よく言うだろう、ヒーローは遅れて来るもんだと!」

「ヒーローは自分で自分のことヒーローって言わないわよ。カーくんみたいにね」

やり込められてしまい、苦い顔をする大王。ため息をついてから、話を仕切り直した。

「……ともかく、わしもあいつに同行するつもりだったんだ」

幾分真面目な表情になり、彼は言葉を継ぐ。

「しかし、その日の夜のことだった。わしの城の上空を分厚い黒雲が覆ってな。その雲からダークマターの大群が現れ、この城に襲い掛かってきたのだ。わしはこの城を守ろうと一所懸命に戦ったが……次に気が付いたときにはこのバルコニーで倒れておった。ワドルディ達に囲まれてな」

そのくだりを聞き、近くにいたワドルディ達が目を潤ませ、悲しそうな声をあげていた。心配をかけたな、と大王は、近くにいたひとりの背をぽんぽんと叩く。

「後はその繰り返しだ。わしも何度乗っ取られたか覚えとらん。カービィのやつがここを出ていってからどのくらい経ったのかもな」

話が終わったのを見計らい、ピットは少し身を乗り出し、大王にこう尋ねた。

「それで……デデデはカービィがどこに行ったのか知ってる?」

「悪いが、わしもあいつの行き先は聞かなかった。あいつも漠然と、『ここの外』としか言っていなかったもんでな。どこに何をしに行くつもりだったのか、それくらいは聞いておくべきだったな」

それを聞き、天使は何か引っかかるものを感じた。

「ここの、外……? 本当に、彼はそう言ってたの?」

「ん? ……そうだと思うんだが……そうだな。確かにわしはそう聞いたぞ」

これを聞いて考え込む表情になって腕組みするピット。

「どうしたの?」

リンクが尋ねかけるが、しかしピットはこう返す。

「いや……僕の考えすぎかも」

それでも詳しく尋ねようとしたリンクだったが、大王が「そうだ」と声を上げ、ピットと共にそちらを振り向いた。

「思い出したぞ。あいつはわしに、一緒に来るように頼んだわけをこう言っていた。『手分けするためだ』とな。つまり探すものがどこにあるか分からないか、何個もあるから手分けしたいと、そういうことだったんだろう」

そこで話を終え、返答を待つように腕組みをしたデデデ大王に、ピットは困惑気味の表情を返す。

「僕らはこのエリア……あ、えっと、この星の外から来たばかりなんだ。それだけだと正直、わからないよ」

その横からリンクが肩を叩いた。

「……いや、ピットくん。もしかしたらあれかもしれない。ほら、リックたちが言ってたでしょ。願いを叶える大彗星の話」

「ああ、確かにあれなら! 銀河の……えぇと、星を繋げるんだったっけ?」

具体的にどういうことかは分からないまでも、思い出していくままに繰り返すピット。だが、それでも大王には十分に通じたらしい。

「ノヴァのことか。なるほど、それならあいつの話も筋が通るな。つまり、わしとあいつとで手分けをして星を繋いでしまおうと、そういうことだったんだろう。しかし、ほかならぬわしを頼るとはあいつもあれで、なかなか分かっておるな!」

そういって高笑いする大王。ピット達は、少なくとももう一人、別に頼んでいるひとがいたことは言わずにおいてあげた。

「でもデデデ、僕らは気になることも聞いてるんだ。前に大彗星のことをカービィに教えたのはマルクってひとだったんだけど、彼はどうも嘘をついてたらしくって、危うくこの星が粉々になるところだったとか」

「なんだと? いや、しかしわしがカービィから聞いた話じゃあ――」

人で言えば眉間の辺りにしわを寄せ、黄色いグローブをはめたような手でとんとんとそれを叩き、思い出すための間を置いて彼はこう続けた。

「マルクのやつは、星をつなげてノヴァを呼び出したカービィを出し抜いたんだそうだ。ちゃっかり自分の願いを叶えさせようとしたんだってな。なんでも『この星を自分のものに』と願ったらしいぞ。それでノヴァはあいつの願いを叶えるために、このポップスター目掛けてやってきたんだ」

そこで呆れたように首を横に振る。

「まったく。プププランドにはわしという大王がいるというのに、大それたことをする奴だ」

リンクがそこで大王にこう切り出す。

「デデデ大王、その……カービィがまたマルクに乗せられちゃってるってこと、ありそうかな?」

「なに? ……ふーむ、どうだろうな。さすがにあいつでも同じ手は食わないと思うんだが」

「ぼくらはここまで来るときに、マルクに会ってるんだ。そのときに、カービィの行き先について知ってるみたいな態度だったから」

「……なんだと? そいつは本当か?」

途端に大王は、呑気な顔にできる限りの真剣な表情になる。

「あいつはどうも信用ならないやつでな。いたずら心でとんでもないことをやらかすようなやつだ。もしもカービィがまたあいつにはめられたんだとしたら……」

ちょうどその時だった。あらかた物を運び終え、バルコニーでのんびりしていたワドルディたちがにわかに騒ぎ出した。

見ると、彼らは皆、空の一点を見上げている様子だった。そこでピット達も同じ方角へと顔を上げていく。

「あれは……」

「流れ星?」

金色に瞬きながらゆっくりと空を移動していく物体。気のせいか、二つの目がついているように見える。

同じものを眺めていたデデデ大王は、顔をしかめてこう言った。

「噂をすればなんとやら、というやつだな」

「ということは、あれがノヴァなの?」

ピットが尋ねる。

「ああ。こんなにポップスターに近づいてくるのはあの時ぶりだ。どうもきな臭いな……」

椅子の背もたれに背を預け、大王がいぶかしげな顔をして腕を組む。彼らが見上げる前で、夕焼け空を背景に突き進む黄金の輝きは、少しずつ大きくなりつつあった。

「――よし、お前たち。わしについてこい!」

言うが早いか大王は席を立ち、城内へと続くアーチに向かっていく。

「ちょっとだんな! どこに行こうって言うのよ」

「決まっとる。ノヴァのところだ」

そう言って振り返る。彼はにやりと笑っていた。

「銀河を旅して星をつなげるなんぞ、あいつでもなきゃできんだろうからな。カービィはきっと、いいや絶対、ノヴァのところにいるぞ!」

 

大王を先導として走っていった先、大広間に待ち受けていたものを見て思わずピット達は口をぽかんと開け、その場に立ち止まってしまった。アドレーヌもリボンも初めて見るらしく、歓声をあげていた。

大広間を埋めるようにして佇んでいたのは、見上げるほど大きな飛行船。ベージュ色の気嚢にはサメのような目と口が描かれている。

あっけにとられた様子のピット達を前に、大王は高笑いをしてみせた。

「どうだ! こんなこともあろうかと改修しておいた大型カブーラー、その名も"スーパーカブーラー"だ!」

隣についてきていたバンダナ付きワドルディは、ふと怪訝そうな顔をして大王にこう言いかける。

「あれ? 大王さま、これって確かハルバードがうらやましくなって改修したんじゃ……」

しかし大王は聞こえないふりをしてこう続けた。

「でかくなったのはサイズばかりじゃないぞ。スピードも耐久力も段違いだ。今のこいつなら、宇宙にだって飛んでいけるぞ!」

豪語する大王だったが、一方でピットはリンクに軽く頭を寄せ、大王には聞こえない程度の小声でこう言っていた。

「どうかなぁ……気球や飛行船で浮かべるのって限りがあったような気が……」

「大丈夫だよ、ピットくん。あのノヴァっていうのがこのまま降りてきてくれたら間に合うんじゃないかな?」

リンクがそう言ってくれたものの、ピットの顔は浮かないままだった。そんな彼をナビィがこうつつく。

「天使クン。あなた、高いところから落っこちるのがヤなんでしょ」

「ち……違うよ! たださぁ、ほんとにカービィがいるのかなって。苦労して行ってみてもいなかったら……」

「どっちにしても行ってみなきゃ分からないでしょ? ほら、はやくはやく!」

背中に体当たりを受け、ピットは不平の声をもらしつつ、やむなくスーパーカブーラーのタラップを上がっていった。

 

 

 

デデデ城の天辺、浅いドームが左右に分かれていき、それと共に城内からベージュ色の気嚢がせりだしてくる。

しかしある程度出てきたところで前後がつかえてしまったのだろうか、気嚢の上が丸く変形し始めた。

 

船内、慌ただしくワドルディたちが走り回る中、バンダナワドルディは仲間の間を縫って大王の元まで駆け寄っていく。

「大王さま! 大変です、このままじゃお城も一緒に持ち上がっちゃいます!」

操縦室に鎮座する玉座に座っていたデデデ大王は、これを聞いて目をむいた。

「なにぃ! いつぞやの二の舞はごめんだぞ。なんとかならないのか?」

「お城のドームはもうこれで全開なんです……」

「むぅ……大型化してみたはいいが、出るときのことは考えとらんかったな」

大王はそう言い、頬杖をついて天井の辺りを見上げる。頭上からは石と石の継ぎ目を無理やりに剥がしていくような、低く鈍い音が聞こえ始めていた。

後ろの方でこのやり取りを聞いていたリンクとピットは、さすがに何も言えず、唖然とした顔で玉座の背を凝視していた。やがて、リンクの肩にいたナビィが彼らの気持ちを代表し、こうつぶやく。

「なんてのんきな王様なのかしら……」

その直後、急に彼らの足元がぐっと持ち上がった。頭上からもひときわ大きな音が鳴り響き、遅れて太鼓を乱打するような音が聞こえてくる。おそらくレンガの破片が気嚢に降り注いだのだろう。どうやら飛行船が浮上する力が勝り、出口を破壊しながら脱出したらしい。

船は紐を断ち切られた風船のように急上昇していったが、その速度がやがてゆっくりと収まっていき、ワドルディ達がわらわらと操縦装置のある方角に殺到していく。一方ピット達はその場で動くことができずに顔をしかめ、耳を抑えて座り込んでいた。急に高度が上がり、気圧の変化に耳をやられてしまったのだ。それぞれに鼻をつまみ、耳抜きをしようとする。

「エンジェランドだとこんなことなかったんだけどなぁ……」

ピットは鼻をつまんだまま、そう言ってぼやいていた。これまでいくら上空に飛び上がっても、あるいは海の底に飛び込んでも耳を痛めなかったのは、女神の奇跡の為せる業だったのだろうか。

そんな中、大王とバンダナワドルディは平気な様子で、操縦室の横の窓に顔を近づけていた。

「おぉ、こいつは派手にやってしまったなぁ」

首の後ろをかく大王。バンダナも声を落としてこう返す。

「一番上の階を直すだけで済みそうですけど、この状況だとレンガを手に入れるのも大変ですよね……」

「仕方ない。見た目はカッコ悪いかもしれんが、破片を再利用するしかないだろう」

そう言って腕を組み、再び玉座まで戻ってきた大王。

もったいをつけるように咳ばらいを挟むと、前方の操縦装置を複数名で手分けして操作しているワドルディ達に号令をかけた。

「そのまま全速前進、ギャラクティック・ノヴァを追いかけるのだ!」

ワドルディ達はそれぞれに敬礼のようなしぐさを返し、彼らの顔にできる限りの真剣な表情をして船の操作に取り掛かる。

そこへ、玉座のところへアドレーヌが走ってきた。リボンも彼女の後ろについて、薄い羽をはばたかせてやってくる。

折しも船が加速し始め、慌てて玉座のひじ掛けにつかまるとアドレーヌは大王に向けてこう尋ねた。

「デデのだんな! この船、ちゃんとノヴァに追いつけるの?」

「やってみなければ分からん」

大王はあっさりとそう答える。だが続けて、

「それでも、何もやらないよりはましだろう? まあ、もしも追いつけなかったとしても焦ることはない。ノヴァがあのまま星を回り続けるならここで待てばいいし、ノヴァがどこかで止まるんなら、こっちから向かっていけばいいんだからな」

「それはそうかもしれないけど、今のポップスターは……」

何かを案じるように眉を曇らせたアドレーヌ。

しかしその先を聞かないうちに、大王がふと目を凝らし、前方をにらんだ。

「む? あいつはまさか」

飛行船を追い抜き、煌びやかな輝きが前方に割り込む。ステンドグラスのようなきらめきを左右に広げた後ろ姿。赤と青の二股帽子が風に揺れ、先に付いた白いポンポンが振り回されている。

「マルク!」

リンクとピットはほぼ同時にそう言った。

彼が向かう先はこの船の進行方向と同じ。それに気づくと大王はマルクを睨み、こう呟く。

「あいつ、まさかまたノヴァを独り占めするつもりか?」

窓の向こうでも、マルクがこちらを振り返った。

黄色のひょろ長い腕をはばたかせ、悠々と飛行船を眺める。それから馬鹿にしたように歯を見せてにたりと笑うと、前方に向き直って大きく翼を打ち振るった。途端に彼の身体は見えない風に乗ってすいと加速し、見る見るうちに遠ざかっていく。

「待て!」

ここが船内であることも忘れて前に進もうとしたピットの肩を、大王のミトンをはめた手が留めた。

「心配するな。スーパーカブーラーの実力はこんなもんじゃない」

「え、でもさっき全速前進って――」

言いかけたピットの肩をポンポンと叩き、大王はこう返した。

「まあ見ておれ。だがちょいと派手に揺れるからな、どこかにしっかり掴まるんだぞ」

それから操縦装置の方に顔を向け、ワドルディ達に指令を飛ばす。

「スクリューアタック用意!」

「スクリューアタックようい!」

ワドルディ達が復唱する。

「目標、マルク! ……撃てぃ!」

その声と共に、大王は勢いよく右腕を下ろした。

ゴンドラがいきなり坂に乗り上げたように大きく左に傾いたと思ったのもつかの間、気づけばピットは床に倒れ伏していた。全身が重く、腕一本さえ持ち上げられそうにない。

「な、なに……これ……、スクリューアタックって……この、船ごとだったの……?」

返事は返ってこない。見上げると、玉座の上では大王が目をつぶり、歯を食いしばっていた。

それに気づいて操縦室の前方に目をむけたピットは、すぐにそちらを見たことを後悔した。

船を操縦するワドルディ達までもが重みでひしゃげ、床に突っ伏しているのだった。掴まるところがなかった者が数名、ころころと船尾方向まで転がっていく。そして窓の向こう、天地だけが目まぐるしくグルグルと回転し続けていた。

――まさか、今この船動かしてるひと誰もいないの……?

背筋を冷たいものが走ったが、幸いスクリューアタックは自動運転だったらしい。やがて回転は収まり、ゴンドラも元の水平状態に戻った。

船内の誰もがほっと一息をついて立ち上がり、あるいは椅子に座りなおす。

「――ひとを乗せた状態でやるもんじゃなかったな」

大王の第一声はそれだった。

ピットはしばしあっけにとられて大王を見上げていたが、ややあってこう突っ込んだ。

「あのさぁ、試運転くらいしようよ……」

それを言われた大王は大口を開けて笑った。

「それもそうだな! だが、見ろ。これでだいぶあいつに近づけただろう?」

彼の指さした先、確かに窓の外には再び道化師の後ろ姿が近づいていた。

「よし、このままヤツをひっとらえるぞ!」

大王が身を乗り出したその時だった。窓の向こうで道化師がこちらを振り向き、思わせぶりににやりと笑った。

途端に操縦室がぐらりと大きく揺さぶられ、乗組員は慌てて手近な物にしがみつく。

ピットもそのまま、玉座のひじ掛けに掴まる。

「なんかこの感じ、デジャヴだな……」

彼は嫌な予感に駆られながら、恐る恐る操縦室の前方を、飛行船を待ち受けている光景に目をむける。

バタバタと走り回るワドルディ達の頭の上、窓の向こうに見えてきたのは錯綜する閃光。左から右へ、右から左へ。それは飛行船を狙ったものと言うよりも、左右の何者かが互いを狙い、撃ちあっているように見える。

それに気づいて腰を浮かし、左右の窓を見ると、船の左には白銀色の巨大なシリンダーが鋼鉄製の翼を広げて浮かび、船の右にはこちらも似たような白と赤の翼を広げた一つ目の巨体が佇み、互いを目掛けて光弾やらビームやらをぶつけあっているのだった。

「うそ……あれ、ゼロツーじゃない?!」

アドレーヌの声がそう言った。

「本当に復活していたなんて……まだカービィさんも見つかってないのに、どうすればいいの……?」

リボンも彼女の肩から顔をのぞかせ、窓の外を呆然と見つめている。

「リボンちゃん、あたしたちでやっつけに行きましょ!」

「そんな、危ないわ……! いくらわたしたちだってゼロツーには敵わないわよ! それに、見て、相手はゼロツーだけじゃないんだから」

彼女が振り向かせた先では、デデデ大王が窓辺に向かい、巨大な機械をにらみつけて拳を振り上げていた。

「こらーっ! どこを見て撃っておるんだ! わしらが通ってるんだぞ、おとなしくせんか!」

「大王さま、ぼくらの方が後からやってきたんですよ」

そう言ったバンダナワドルディを振り返り、大王は眉を吊り上げるような調子で片方の瞼を上げる。

「なにぃ? そんなことを言うなら、この星に先に住んでおったのはわしらの方だろう。であるからして、やつらの方がわきまえるべきなんだぞ」

「それはそうですけど、ここは引き返さないと危ないです!」

そこでひときわ大きくゴンドラが揺さぶられ、大王とワドルディ達は文字通り飛び上がった。

「むぅぅ仕方がない。取舵一杯!」

床に腹ばいになったまま、大王が大声を上げたその時だった。

巨人の指に小突かれたように飛行船全体がゆらりと傾ぎ、次いで耳を聾するような轟音が響き渡った。

少し遅れて、ゴンドラが斜めに傾いだまま、下り坂を滑り落ちるようにゆっくりと高度を下げ始める。

「どうした、何事だ!」

玉座にすがって立ち上がりながら大王が問う。操縦装置に取り掛かり、慌ただしくあちこちのレバーやボタンを操作していたワドルディ達のひとりが振り返ってこう言った。

「い、今の攻撃で、気球が破れちゃったみたいですっ! もうこれ以上は飛べません……!」

「なにぃ~?」

目をむき、大王はのしのしと足音を立てて操縦装置の方へと向かっていく。彼がにらみつける先には、船外、四方八方から飛び交う光弾や光線をものともせずにひらりひらりと飛び回りながら、沈みゆく飛行船を眺めて高笑いをしている道化師の姿があった。

「こうなればもろともだ!」

慌ててワドルディが跳び退いたところに大王が進み出て、その先に備え付けられた舵輪を掴む。

「プロペラを回せ、フル回転でだ! あいつに目にもの見せてやるぞ!」

この声に、それまで震えていたワドルディ達は何とか気合を入れなおし、それぞれの持ち場に付いた。

「しっかり掴まっていろよ!」

大王が振り返り、ピット達に声をかけた。

飛行船が最後の力を振り絞り、加速する。見つめる窓の向こう側、道化師の笑顔が引きつったかと思うとみるみるうちに接近し、ゴンドラの窓に叩きつけられた。

ゴンドラの傾きはますます急になっていく。それに伴って身体が徐々に軽くなり、頭には血が昇り、身体の中身が内臓ごと持ち上げられるような嫌な感覚が襲い掛かった。ピットは必死の思いで玉座の肘置きにしがみついてこれを耐えていた。

うっすらと目を開けた向こう側、あり得ないほど大きなツタの大樹が窓の外に見えたと思った次の瞬間、全身を揺さぶるような轟音と衝撃に襲われ、そこでふつりと幕を下ろしたように意識が途絶えた。

 

 

 

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最終更新:2022-01-29

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