星は夢を抱いて巡る
プロローグ
1 街・大通り(朝) | ||
人の話し声、車の走行音、ラジオの音楽でにぎわっている。時折クラクションが鳴る。 | ||
様々な服装に身を包んだ市民が歩道を行きかう。 | ||
そこに、緑色のローブに身を包み、同じ色の帽子を目深に被った人物がやってくる。 | ||
わき目も振らず、必死の様子で車道を走っていく。 | ||
緑衣の男 | 「誰か!」 | |
緑衣の男は走っていく途中で立ち止まり、人を探すような素振りで首を巡らせる。 | ||
男は、宙に浮かぶ一対の白い手袋をもっており、それを口元にあてがって呼びかける。 | ||
そのたびに立ち止まりつつも道をジグザグに走り、中央の広場に出たところで再び大声を張り上げる。 | ||
緑衣の男 | 「誰か、誰かそこにおりませんか?!」 | |
市民はその声を聞き、緑衣の男の方に怪訝そうな顔を向けるが、誰一人として応える素振りを見せない。 | ||
カフェにいる者はくつろいだ様子で雑誌を読み、あるいは友人と談笑する。 | ||
露店を開いている者は手を叩き、道行く人々に呼びかける。 | ||
歩いていく人々は緑衣の男を、珍しいものでも見るように眺めて通り過ぎていく。 | ||
2 街・劇場の前(朝) | ||
ここにも多くの人がいる。劇場のポスターを前に立ち止まり、吟味するように眺める人々もいる。 | ||
ふと、彼らは物音に気付いて向こうの方角を見やる。 | ||
緑衣の男がやってくる。彼は相変わらず忙しなく走っているが、呼ぶ声には先程のような力はない。疲れているのか、気力を失いかけているのか。 | ||
緑衣の男 | 「誰か……」 | |
市民はやはり、怪訝そうな顔をするばかりで誰も彼の元には行こうとしない。 | ||
緑衣の男は半ば投げやりになってくるが、諦めずに呼びかけを続ける。 | ||
緑衣の男 | 「そこに、誰か……。ああ、もう、どこにもいないのですか?」 | |
市民はやがて男に興味を失い、再び彼らの日常に戻っていく。 | ||
緑衣の男は項垂れ、とぼとぼと通りを移動していく。 | ||
と、人だかりのできているあたりに出くわし、見上げた先に劇場の看板を見つけ出す。 | ||
幾分、希望を取り戻したような声を上げてこう言う。 | ||
緑衣の男 | 「ああ、ここであれば……」 | |
3 劇場内・大ホール | ||
ホールの照明は、非常灯も含めて全て落ちている。広大な空間はしんと静まり返り、濃密な暗闇ばかりが満ちている。 | ||
その背景から微かなモーター音が聞こえてきたかと思うと、やにわにステージにスポットライトが当たる。 | ||
細長い円錐の中に浮かび上がるのは緑衣の男の姿。 | ||
暗幕の裾から姿を現すと、彼は客席に向けて大きく一礼する。 | ||
そして顔を上げ、朗々と語り出す。 | ||
緑衣の男 | 「皆々様方、大変長らくお待たせいたしました! 今からこの私が語りまするは天の使い、白い翼の使者による息もつかせぬ大冒険!」 | |
男は口上を述べながら木製の舞台を行き来し、その足取りは次第に踊り舞うようになっていく。 | ||
緑衣の男 | 「彼を待ち受けるは、運命の星のもとに生まれた歴戦の勇士たち。各々の宿命に生きる戦士たちの間を、彼はその身一つでひらりひらりと飛び回る。彼に与えられたる任務とは、囚われの勇士たちに巡り会い、真(まこと)の報せをもたらすこと。純白の封筒に包まれたその手紙は何を語るのか、そして彼は旅の末に何を見出すのか……!」 | |
再び舞台の中央に戻ると、彼は客席に向けてすらりと片手を差し伸べ、呼びかける。 | ||
緑衣の男 | 「夢見る使者にどうか拍手を、あなた方の惜しみない声援を! 彼の勇姿をどうぞお見逃しなきよう!」 | |
(劇場内、明転) | ||
煌々と照らし出されるのは、がらんどうの客席。 | ||
紅色に布張りされた椅子の背だけがずらりと並び、緑衣の男を見下ろしている。 | ||
男はそれを見上げ、手を差し伸べたまま立ち尽くし、彫像のように動かない。 | ||
(暗転) | ||